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ファミレスで4人ともドリンクバーを頼む。
畑野と村田と僕は、たこ焼きを食べたとはいえお腹が空いており、追加でドリアやピザ、ポテトなどを注文した。
クリスマス前の光景に戻ったみたいだった。村田が僕の隣に座っているのも新鮮で、4人で集まれていることにテンションが上がっているのが自分でも分かった。
「なんか村田くんがいるの新鮮だね」
鈴宮が笑いながら村田を見て言う。そうだよね、と僕も笑って相槌を打った。
「涼華、なんで今日学校休んでたの? LINEも繋がらなかったし心配したんだよ」
畑野が聞いた。
「あー、昨日親と今後の方針についてもめちゃって。共通テストが終わったから、約束は果たしたし1月末の専門学校の試験に向けて切り替えようと思ってたんだけど。昨日お父さん、大学のパンフレット出してきて。もし専門に入れなかったら大学も間に合うぞって。京大はもう無理かもだけど、他の学校なら今の私の学力でもいけるだろうから受けてみたらどうかって」
ココアのカップを両手で支えて飲みながら話す。
「それでついイラっとしちゃって。口喧嘩してたらヒートアップして泣いちゃった」
そう言って笑っている。
鈴宮はこんな時だって、教室で笑ってるみたいに笑うんだ。
でも、どことなく空っぽな笑顔であることに、僕は今初めて気付いた。教室でもいつもニコニコと笑ってる鈴宮が思い出される。
もしかしたら、あの鈴村も本当は空っぽだったのかもしれない。
「そっか。私は親御さんの気持ち、分かるけどなあ。社会に出た時の学歴も大事だし大学に行かせてあげたいって思うのは当たり前じゃないのかな」
畑野がポテトをつまみながら鈴宮に向き直る。
「もう涼華が決めたことだし、私も何にも言わないけど」
「大学行くのって、そんなに当たり前で偉いことなのかなあ」
ボソッと鈴宮がつぶやく。全員の視線が鈴宮に集中する。うつむいて話す鈴宮の口角は、上がっていなかった。
「大学行くのって、そんなに立派なことなの? お父さんもお母さんも、悠美も先生も。同じこと言ってるけど、大学に出て立派な企業に就職して日本をぐんぐん動かすような人しか偉くないの? それが正しいの? 例えばここでバイトしてる人とかはどうなの? 大学に行ってなくて、一生懸命お皿運んだり店のゴミ拾いとかしてお客さんが怒ったら謝って、それでもこの仕事が楽しいなって前向いて生きてる人と、何が違うの?」
僕が今まで見てきた鈴宮じゃないみたいだった。誰とも視線を合わさず、イブの日と同じように目の前のコップを見つめながら、胸の中の言葉を絞り出すように声に出している。
「最初はさ、京大って関西の1番の大学だしさ。それ目指すの格好いいなって思って頑張ってた。その時は本気で目指してたよ。けど。私はそういう基準で偉い人になるために頑張ってるのかな、ってふと思った瞬間、すごく嫌になって」
ふと顔を上げた鈴宮と目があった。
「なりたいものがあって、それが京大の学部にあって、だから頑張るんだ! とか、そういうのはすっごく良いなあって思う。だから大学に行く人を否定するつもりは全然ない。それはそれですごいなあって思う。でも、私はもうやりたいことが見つかったから、大学とか大企業とか専門学校とかフリーターとか、そういうの全部おんなじ高さに並べて、そこで比べて悩んだ時に専門学校がいいなあって思ったの。ただそれだけなの」
息を全部吐き出すように、鈴宮はそこまで喋りきった。僕らの席に沈黙が流れる。
ごめん、ちょっと喉乾いちゃって水取ってくるね。と鈴宮が席を立つ。
残された僕らは、時間が止まったようにしばらく動かなかった。みんなそれぞれ何かを考えているんだと思う。
僕もそうだ。鈴宮に言われてもう一度考えていた。目指すものがあって大学に行くのは良いなあって言ってくれたけど、そんな大それたものじゃないことは僕が一番分かっていた。全て「なんとなく」だ。みんな大学に行くから大学に行く。とりあえずそれでいいかと思っていたけど、本当にそれでいいのかな。今までの僕みたいに、ただ時間に流されてるだけじゃないのかな。
そう考えると怖くなった。僕はまだ全然変われていないのかもしれない。これから先も、勇気を出しきれなくて時間に流されて生きていくのは怖いと思った。でも、今大学以外の選択肢へ行動を移せるほど、僕の頭の中には目指すものが全くと言っていいほどはっきりしていなかった。
ごめんね、と言って鈴宮が戻ってきた。
口火を切ったのは村田だ。
「僕、鈴宮さんの気持ちちょっと分かる。」
今度は全員が村田を見た。村田はちらっと僕の方を見て、申し訳なさそうに切り出した。
「実は僕さ、誰にも言ってなかったんだけど、名古屋大学の推薦受けるんだ」
「ええ!」
今日一番の大きな声が僕の口から飛び出ていた。隣の席の人に振り向かれて思わず肩をすくめる。
「ごめん、陽介にも今日初めて言う。推薦って確実じゃなくって落ちることもあるからさ。もし落ちたら一般に切り替えようと思ってたから言えなかった」
村田は淡々と続けた。
「でも、一般入試より確実に倍率は低いし、絶対に行きたい学部だったからこれに賭けたいなって」
「え、村田。でも推薦って、成績とか小論文以外に特筆すべき成果とかそういうのいるんじゃないの?」
「実は僕、親の影響で化石発掘調査とかに参加しててさ。高校の間に色々実績は積んでたんだ。まあ親に連れられてだけど。その間に色々発掘できたりしてて、その辺を成果に書こうかなって」
僕は唖然として言葉が出なかった。発掘調査? そんなの一言も聞いたことがない。化石に興味があるって言ってたけど。その「興味がある」を勝手に僕と同じ程度のものだと認識していた。
あの小柄で優しくて決して目立つタイプではない村田が。目の前に座る村田が急に僕の知らない人に見えた。
おんなじ教室に居たのに。一緒の授業を受けてたのに。村田は社会の一員として、もう活動していて成果も残している。一緒のレベル、むしろ自分より学力は下だろうと思っていたから、そんな自分をぶん殴ってやりたいくらい恥ずかしくなって、と同時に情けなくて悔しくて、焦って自分の中に何かないかを探したけど「なんとなく」なぼやっとしたものが漂うばかりで何にもないことにすごく腹が立って、無性に泣きたくなった。
僕が何も言えないでいる間に、鈴宮と畑野は「そうなんだ! すごいね」と村田と話している。
何がきっかけなの? 親が発掘調査員でさ。へー! そうなんだ。どんなの発掘したの? アンモナイトでね、新種の形をしてて……。
3人の会話がどんどん遠くなる。自分だけ水の中に沈んでいくみたいだ。
僕はもう完全に迷子だった。何がしたいかなんて分からない。全ては時間の流れに任せて「なんとなく」で進んできたからだ。でもそれじゃもう遅かったのかもしれない。こんなにもみんなと差がついている。
「だから、鈴宮さんがやりたいことを実現するために専門学校を選んだ気持ち、分かる気がする。僕も少しでも可能性が上がるならと思って、推薦入試を選んだから」
村田は、落ちたら一般入試だから気が抜けないんだけどね、とへへっと嫌味なく笑いながらそう言った。羨ましい。僕だって、そうみんなに宣言して笑ってるやつになりたいよ。
「陽介は航空科目指してるんだもんね。この前陽介の家遊びに行ったら、飛行機とかロケットのプラモデルすごいの。めっちゃ精密に作られてるんだよ」
「やめてくれよ」
思わず強い口調で村田を制した。ごめん、と村田が驚いている。
今すぐにこの場から逃げ出したくなった。やめてくれ。もう僕については触れないでくれよ。お前の発掘調査に比べたら僕のプラモデルなんかガラクタだしおもちゃの域なんだ。そんなの、2人の前でひけらかすなよ。何が航空科目指してるだ。僕なんてお前らに比べたらなんとことない動機なんだ。
もう感情がぐちゃぐちゃになって今自分がどんな表情なのかさっぱり分からなくなった。
「確かに宮嶋くん、飛行機の話とかよくしてたもんね。陸上部の時、ぼーっと空見てるなあって思ったら上に飛行機雲が伸びてたの、私実は何回か目撃したよ」
鈴宮が言った。普段なら鈴宮に話題にしてもらえて内心飛び上がるほど嬉しいんだろうが、この状況では恥ずかしくていたたまれない。もう遅いし帰ろう、と言おうと思って時計を見た。
もう20時40分で、小一時間喋っていたみたいだ。そろそろ21時だしちょうど良い。
「畑野さんも京大の薬学部志望なんでしょ?」
村田が続ける。こいつ、全員喋らす気だ。
「うん。村田くんと涼華の話を聞いてそういう考えもあるんだなって思った。でも、私はやっぱりレベルの高い大学でできることを目指したい。だってその方が就職にも有利だし、同じような価値観の人が集まってると思うから」
畑野は強い。全くブレていない。
僕なんかこんなに引け目を感じているのに、授業で先生の質問にきちっと答えるようにまっすぐな目をしてそう言った。
「うん、畑野さんうちの学校で一番頭いいしね」
村田が頷いている。隣で鈴宮は困ったように笑いながら
「悠美はブレないね」
とココアを飲み干していた。
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