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「……鈴宮のこと、本当に格好いいなって思ってるんだ」
はぁーっと息を吐き出した。息が止まってた。
言えなかった。
そこまで勇気が出なかった。それに今言っても鈴宮を困らせるだけな気がした。
ううん、それは建前で。
本当は、まだこんなに意志がヘニャヘニャな自分が鈴宮に想いを伝えるのは、おこがましいというか、そんなことをしたら鈴宮に失礼だと咄嗟に思ってしまった。
彼女は笑った。
「そんなこと言われたの初めてだなあ。ありがとうね宮嶋くん」
寒い夜の中に、温度のある花が咲いたみたいだった。
今はまだ全然だけど、自分もいつかしっかりした意志を持って動けるようになるだろうか。鈴宮や、畑野や、村田みたいに。なんとなくじゃなくて、自信を持ってこれを選んだって言えるような。
絶対なるんだ! って言える自信だって今の僕にはない。こんなふわふわした僕だけど、今この瞬間、僕の本心で鈴宮が笑ってくれるなら、それだけは良かったなって思えた。
角ばった屋根の住宅街の中で、三角に尖った屋根が見え始める。鈴宮の家に着いてしまった。
「もう遅いのに、送ってくれてありがとうね」
鈴宮が門の前で、僕に向き直ってそう言った。
「ううん、鈴宮と話せて良かったよ。明日からは学校これそう?」
「うーん、そうだね。もう専門学校の試験に向けての勉強になるから、学科の数1Aしかしないんだけどね。あとは面接次第って感じだし」
そう言って笑った。鈴宮にとっては学科試験はそれほど難しくないのだろう。
「じゃあ、また学校で」
手を振って潔く今来た道を戻ろうとしたら、急に手首を掴まれた。
「あ、ちょっと待って」
鈴宮が僕の手首を掴んで引き止めていた。
「ちょうどコートのポケットに入ってたんだ。これあげる。帰りも寒いと思うから」
そう言って、右手で僕の腕を掴んだまま左のポケットから未開封のカイロを差し出した。
「宮嶋くんも、受験、頑張ってね。もし将来さ、飛行機作ってたら教えてよ。私が整備するから」
そうなれたらかっこいいよね。鈴宮は笑った。
息をのむ。僕は目元が潤んできたのをどうにか鈴宮にバレないように、目をゴシゴシとこする。
「どしたの、大丈夫?! 目かゆいの?」
「いや、大丈夫。なんか寒いとかゆくなるんだよね。カイロ、ありがとう」
差し出された鈴宮の手から、古風なウサギがデカデカと印刷されているカイロを受け取った。一瞬だけ鈴宮の指に触れる。僕よりも冷たくて、ひんやりした指先だった。
カイロ、ポケットにあったのに使わずにとっておいてくれたんだ。
鈴宮にはかなわない。どんどん気持ちが膨らむ。僕も、いつか胸を張って君の隣に立ちたい。理想に向かって強い意志を持って突き進む鈴宮をずっと見ていたい。そしてできることなら、そんな鈴宮を支えたい。
どうかそれまで、それまで笑っていてほしいと、強く思った。
「ありがとう。最大の目標ができたよ。僕はさ、鈴宮に比べたらまだ全然、意志なんてないんだよ。ふわふわしててさ。でも、頑張るよ。胸張って、これがしたいからこうするんだ! って行動できるように。」
鈴宮は微笑んだまま聞いてくれた。
「まだ時間かかるかもしれないけどさ、頑張る。こんな僕が言えることなんてないんだけど、僕も鈴宮のこと、ずっと応援してるよ。鈴宮ならどこに行っても大丈夫。そんでもって、ずっと鈴宮が笑ってられるような未来を願ってる」
言い終えて、急に恥ずかしくなった。慌てて鈴宮から視線をそらす。
もしかしたら告白より恥ずかしいことを言ってしまったんじゃないか、僕は。
「じゃあ、帰るわ。また明日」
鈴宮の顔が見れなくて、うつむいたまま手をひらっと掲げて、駅までの道を歩き出そうと踵を返す。だめだ、こっぱずかしい。鈴宮の方を振り返る勇気はなくそのまま去ろうとした時、
「宮嶋くーん」
背後で声がした。
「私たちまだ高校生でさ。これがしたいとか、あれがしたいとか、そういう感情に従って少しでも進もうって足掻いてると思うんだよね。私もそう。多分宮嶋くんもそう。でもさ、数年後おんなじこと思ってるかどうかなんて、本当は分かんないよ。」
はたと立ち止まった。鈴宮が何を言っているのかいまいち理解できない。
「だからさ、今楽しいと思うものを選んでいくので、いいと思うんだよね。先の事なんて分かんないし。宮嶋くんがさ、飛行機に興味があってプラモデルとかそういうの作るのが好きなんだったらさ、別に具体的な何かなりたいものがなくても、その好きを信じて選んだことは間違いでもなんでもないと思うよ」
僕はゆっくりと振り返って、手を振る鈴宮をただただ見つめた。
言葉が出てこない。街灯の灯りが鈴宮を照らして、橙色と漆黒の影がユラユラと鈴宮を彩っている。
ぺこっと一礼して、僕は今度こそ振り返らずに、曲がり角を曲がった。
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