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「へえ、鈴宮さん思い切ったね。でもちょっとかっこいいかも」
冬休み明け、学校でクリスマスイブの出来事を村田に話したらそこまで驚かれなかった。
村田はクラスで1番仲が良い友達だ。気が置けなくて良い奴で、つい何でもかんでも話してしまっている。
畑野みたいに、専門学校なんて絶対ありえない! とでもコメントしてくれれば、そうだよな! と僕も割り切って大学進学に向けて勉強が捗っただろうなと心の奥で思った。やっぱり、ちょっとかっこいいと思うんだ村田も。
僕らの通う滋賀県の高校は、2023年1月10日から今週末の共通テストに向けて授業は一切なくなり、自習期間として教室が解放されている。チャイムは普段の授業と変わらず、1時間おきに鳴る。
12時のチャイムが鳴り、僕と村田は勉強の手を止めて、前の席の村田が振り返る形で僕の席で弁当を食べていた。
コロナになってからは、席同士をくっつけての食事は禁止されている。振り返って食べていれば一緒のことかもしれないが、その辺は自己判断だ。
僕らの他には、カロリーメイト片手に昼飯の時間も惜しんで勉強している奴もいれば、息抜きしよ〜と言って購買までぞろぞろと4〜5人で出て行く女子たちもいる。
「陽介はどうなの? 専門学校という選択肢は。確か航空系の学部狙ってなかったっけ」
「いやあ考えたけど、流石に今からシフトチェンジできないよ。思い切って動けてすごいなあとは思うけど、大学行った方が選択肢は広がりそうだし」
ガジガジとカフェオレの紙パックに突き刺したストローを噛みながら答えた。村田は、そっかーそれはそうだよね、と笑いながら弁当の卵焼きを頬張っている。
あのクリスマスイブの後、鈴宮に感化されて僕も自分がやりたいことについて考えてみた。実はネットで航空専門学校も調べたりしたけど、鈴宮が言ったみたいにワクワクしたかと言われればそうではなかった。へーこんな選択肢もあるんだな、とぼーっとサイトを眺めて終わってしまった。
Googleでの口コミも見たけど「夜中、寮が騒がしくて近所迷惑!」とか「ここは絶対入らない方がいいです。先生が最悪です」みたいな低評価の口コミが目に入って、やっぱり専門学校は嫌だなって気持ちが一瞬頭の中をよぎって、見るのを辞めた。
友達が受けようとしている学校を悪く思うのは気が引けたし、ネットの闇みたいな負の文章を読んでいるうちに、自分の専門学校に対する感覚とか意識が悪い方向に固定されかねないのが怖かった。
僕は畑野ほど大学進学が絶対良いとは思ってない。専門学校とか、高校を中退して何かに従事するとか、一般的な進学のルートに乗らずに人生を進んでいる人を、心のどこかでは格好いいなと思う。常識なんて俺には関係ねえ! っていう少年漫画の主人公みたいで。
でも、残念ながら僕の中には一般的なルートから外れてまで、これがしたい! とか、そんな具体的な意思はどう悩んでも湧いてこなかった。なんとなく理数科が得意で、できれば数学とか理科が活かせることがしたくて、なんとなく飛行機とかロケットとかに興味があって、だからなんとなく航空工学科がある大学を探して、どうせなら関西の一番を狙おう、と京大を志望した。
ただそれだけで全ては「なんとなく」だったのだ。
まあでも、まだ高校3年生の18歳だ。大学は4年間もあるんだし、理系なら大学院に進学する人も多いらしい。そしたら社会に出るまでに6年も時間がある。その間にゆっくり何がしたいかとか、どういう仕事がしたいかとか考えれば良いや、という結論に達して、ひとまず共通テストに向けて頭を切り替えることにした。
村田は、机に肘をついたまま箸で唐揚げをつまみあげて、口に放り込んでいる。ごくんっと飲み込んでから、少し声を潜めて言った。
「でもさ、クリスマスイブに女子2人と勉強会なんて、陽介もやるね。羨ましいよ。僕も京大志望だったらその会に入れてもらうのに」
村田は名古屋大学の理学部を志望している。なんでも遺跡とか化石の地球科学系に興味があるらしい。
「いや、畑野が急に言い出した会だから、全然村田も来てくれていいんだって。いつも言ってるだろ。なんなら今は共通テストの追い込みしてるからあんま二次試験とか関係ないし」
鈴宮と畑野と僕の3人の京大勉強会は、夏休み明けの9月から、多いときは週1回、少ない時でも月に2回の頻度で定期的に開催されていた。夏の模試が終わって、いよいよ志望校が絞れてきたタイミングだった。
きっかけは畑野なんだけど、僕と鈴宮が同じ陸上部で時々話していたこともあって、志望校どうした? みたいな話をしていたところに「え! 宮嶋くんも京大志望なの! じゃあ一緒に勉強会しようよ。情報は多い方が良いし」と鈴宮の近くにいた畑野の一声によって始まったのだ。
1人で勉強する方が集中できると思っていたから、本来ならば丁重にお断りする案件だった。でも「いいね、やってみようか」と鈴宮が言ったのと、部活を引退した今、鈴宮と話すきっかけがもうないことに気づいて、それを自覚した瞬間には「いいよ」と返事していた。
最初はそれこそ、気が散るんじゃないかとか、鈴宮がいることを差し置いても不安はあった。ただ実際やってみると、意外と集中できたのだ。
身が引き締まるというか、ちょっとだらけそうな時でも、一心にシャーペンを動かしている2人を見るともうひと頑張りするか、と気合を入れ直せた。この勉強会に助けられたなと思う瞬間がいくつもあった。
なんなら畑野はうちの学年では割と有名人で、1年の時から必ずどの教科のテストでも上位3名には入っているという天才ぶりだったから、畑野にわからない問題を教えてもらうことも多かった。強気でとっつきにくいイメージだったけど、一緒に勉強するようになって今では頼もしい存在だ。
村田にも何回か声をかけたが、毎回「予定がある」とか「1人の方が集中できるし」とかいろんな理由で断られていた。
今日も、
「志望校違うと噛み合わないこともありそうだし、遠慮しとくわ」
と断れらた。
「で、何か進展はあった?」
右手で箸をカチカチと開いたり閉じたりしながら、ちょっと上目遣いでニヤニヤしながら聞いてくる。箸みたいにくっついたか、ってことなのか? ほんとにこの男は。
「だからあの2人とは何もないって。鈴宮はビックリ発言後帰っちゃったから、そのあとはひたすら畑野と勉強してたよ。僕の高校最後のクリスマスイブはファミレスで幕を閉じました」
弁当の白ご飯の3分の1を大きく箸で掴んで、口に運んだ。モグモグと噛み締めながら村田を睨む。
「なーんだ、つまんないの。畑野さんは分かんないけど、鈴宮さんとはお似合いだと思ってたんだけどな」
そう言って村田は、鈴宮と畑野の方にちらっと目をやった。
鈴宮とお似合い、と言われて急に嬉しくなった僕は、それを村田に気づかれないように無表情のままそっと振り返って2人を見る。
鈴宮と畑野は隣同士の席で、椅子だけお互いの席に少し向け合いながら弁当を食べていた。
あの後、2人は何か話したのだろうか。畑野は鈴宮の発言に怒ってないのだろうか。実は密かに心配していたが、時折聞こえる2人の笑い声に僕は少し安心した。
鈴宮も畑野も、うちのクラスの大きい女子グループには属していない。だいたいいつも2人で行動している。もし2人の仲が悪くなってしまったら教室での居場所がなくなるんじゃないかと、気を揉んでいたが思い過ごしだったようだ。
鈴宮は、前髪を切ったようだ。切りすぎたのか眉毛が見えていて、時折恥ずかしそうに前髪を抑えて畑野に笑いかけている。髪を肩のあたりで切りそろえていて、笑って鈴宮の体が動くたびに髪がさらさらと揺れて、綺麗だなと思った。
「鈴宮とは同じ部活だったから、たまたまよく喋るだけだよ」
正面に向き直って残りの弁当を平らげる。
「そっか。もしなにか進展したら教えてね」
村田は懲りずに僕にそう言った。
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