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「風間先輩たちいますかぁ?」
廊下から複数人の甲高い声がした。女子たちが扉の前で集まって教室の中を覗き込んでいる。
スカートを膝の上まで上げて、顔の色が白くて唇がポテッとしてて目がぱっちりした女の子たちだった。見覚えがないから後輩だろう。僕が漫画家ならキャイキャイとオノマトペを彼女たちの背景につけるだろうな、という光景だ。
「えー! みんな来てくれたんだ!」
4人で集まって昼飯を食べていた男子バスケ部のうちの1人が女の子たちの方を振り返った。何だ、バスケ部の後輩か。風間のファンみたいだ。
うちのクラスのバスケ部がぞろぞろと立ち上がって廊下へ出て行く。
共通テスト前だと思って、応援にお菓子の差し入れです! と女の子が言っているようだ。なんだよ風間だけかよ〜、向井先輩の分もありますって、と楽しそうな会話が壁を一枚隔てているとはいえ、聞こえてくる。
まるで教室内の僕らが廊下というステージの観客となったように、バスケ部が出て行ってからしばらく誰も話さなかった。
誰も立ち聞きするつもりはないんだろうが、自然と耳をそばだててしまう。勉強したり、ご飯を食べる手は止めずに。賑やかとまでは行かないが、さっきまで教室の所々で咲いていた会話の花が、一旦全部つぼみに閉じてしまったようだった。
「部活引退してしばらく経つのに、わざわざ差し入れなんてマメだねえ」
と若干の嫌味と嫉妬も交えながらカフェオレを飲みほす。
な、と村田に目を向けると
「そだね」
とバツが悪そうに視線を伏せた。
あ、と思う。
そうか。忘れていたけど、村田は元バスケ部だ。
「そういえば村田先輩もいます?」
女の子の1人が聞いた。
「村田? あぁ、いるよ」
という声が聞こえたと思った途端、扉が開いて「むらたぁー! 後輩が共通テスト前の差し入れ持ってきてくれたぞ」と大きな声が響いた。
村田が僕の知らない村田って奴ならいいなって一瞬思ったけど、扉の隙間から見えるバスケ部の奴らの視線は僕の目の前の村田に注がれていた。
村田は声をかけられた瞬間、ビクッと体が跳ねたように見えたが
「あぁ、ありがとう」
と言って席を立ち上がった。
「よかったなあお前、引退前に部活辞めたのに差し入れもらえて」
いじりに聞こえるような棘のある言葉が、小柄な村田に投げかけられている。
村田は背が低い。166cmで去年より1cm背が伸びたと春の健康診断で喜んでいたっけな。
うちのクラスのバスケ部は、173cmの僕よりも全員大きいから集団になるとより大きく感じる。その中でも風間が頭一つ分高いから180cmくらいあるんだと思う。1番背が高くてスタイルが良く、おまけにキャプテンだし文武両道で頭も良いんだからファンも多いのだろう。
僕でもそんなバスケ部に囲まれたらあんまり良い気はしないのに、村田は去年までそいつらの中で負けじと戦っていたのだから、すごいなと素直に思う。
昼休み終了のチャイムが鳴って、バスケ部の女の子たちは
「やば。チャイム鳴ったよ!」
「次現国の西野じゃんサイアク」
なんて言いながら、共通テスト頑張ってくださぁい! とバタバタと廊下を駆けていった。
廊下から次々にバスケ部が戻ってくる。村田は最後に扉を閉めて、僕の前の席に戻ってきた。
「なんかこんなのもらっちゃったよ。陽介、要る?」
と村田は笑いながら、片手でひょいとお菓子の詰め合わせを見せた。
手のひらサイズくらいの透明の袋で、口元は金色のリボンのような針金でネジネジと巻かれている。袋に入るサイズでメッセージカードが入っていて、「共通テスト頑張ってください! バスケ部一同」と男は持ってなさそうな青色と緑色の間の色みたいなペンで書かれていた。
女の子からそんなんもらって羨ましいよ、と冗談ぽく言おうと思ってやめた。
「せっかくもらったんだから村田が食べなよ」
と笑った。
なんか、もっと気の利いた事言えたらよかったけど。ボケるのも違うし、僕が何かを意見するのも違うし、当たり障りないことしか口に出せなかった。
そっか、と言って村田は僕に背を向けて、前向きに座った。
教室では、購買に出かけていた生徒も戻ってきて、ご飯を食べていた生徒も教科書や問題集をガサガサと出し始め、綺麗な音のグラデーションみたいに徐々に物音がしなくなって自習の時間がそれとなく始まった。
あんまり詳しくは聞いてないし、村田も詳しくは話さないからいいんだけど、村田は3年生の春の大会が終わるタイミングで部活を辞めた。
理由は分からない。
前に聞いたときは「早めに勉強に集中したくて」と笑ってたから、そうなのかなと思っていたけど、バスケ部の中で何かあったんだろうなと思う。
村田は優しい。村田とは2年生から同じクラスで出席番号が近かったからよく喋るようになって仲良くなった。
僕が風邪で休んだ時は、大丈夫か? とLINEしてくれて、頼んでもないのに「今日の現国西野は音読中に6回噛んだ」とか「今日のテーマはイエローブラウンです」と見事に黄色と茶色しかない弁当の写真を送ってくれたりと無駄に励ましてくれる。
どっか抜けてて面白いんだけど、勉強は真面目でそこそこ頭は良いし、よく笑っていていつも僕より先に「おはよー」と声をかけてくれる村田は、一緒にいてすごく居心地が良い。
だからなんとなく、僕もバスケ部を遠ざけているところがあった。こんなにいい奴な村田なのに、何があったんだろう。
でも、どう見ても良い奴でもふとしたタイミングで誰かの敵になることがあることを、僕はなんとなく知っている。
前の席の村田の背中を見つめる。机の右横にかけたカバンから、さっき見せてくれたお菓子が顔を覗かせていた。村田はこのお菓子、どうするんだろ。一緒に食べてあげたらよかったかな。
そう思いながら、自分の机の前に広がった「共通テスト2021年問題 数学」のページに向き直った。数学の「数」という漢字が、いつもより困っている顔に見えた。
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