飛行機雲の行方

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2023年1月16日(月)  怒涛の2日間があっという間に過ぎた。共通テストが終わって次の日の月曜日、いつもなら始業のチャイムの10分前くらいからバタバタと人が増え出すのに、今日は30分前からほとんどの生徒が登校しており、僕のクラスでも教室の至る所で共通テストについての会話が繰り広げられていた。  共通テストの問題用紙は持ち帰りできるので、回答するときに問題用紙にも丸をつけておけば後で自己採点できる。2日目の夜には、みんな自己採点をして全科目何点かは把握しただろう。  声をあげて喜ぶ奴はそういない。いい結果だった奴は心の中で噛み締めているだろうし、たとえ良かったとしても、いや〜できなかったわ数学が、とか言ってごまかしているんじゃないだろうか。僕ならそうする。  どちらかというと悪い結果だった方が、誰かに聞いて欲しくなるし、自分と同じくらいか、それ以上にできなかった奴がいるかを確認してなんとか落ち着きたいところだ。悪すぎる場合は、それどころじゃないかもしれないが。  教室は騒がしくて、まだ回復の余裕を残した嘆きの声と、励ましの声が入り混じった、お互いが腹の底を見せ会わないような乾いた空気が漂っていた。  僕はというと、正直微妙な点数だった。京大の工学部は、共通テストと二次試験の配点を200点と800点にしている。圧倒的に二次試験の結果が合否に影響するので共通テストが多少悪くても挽回できそうだが、共通テストで差がつかない分ある程度の点数を取っておくことは必須であった。  今までの模擬試験では、得意な数学と理科は安定して90点以上、その他も80点以上は正解できていた。京大の工学部の配点科目は、国語と地理と英語だ。苦手科目がフォーカスされているからこそ、その3教科には特に力を入れて勉強していたけど……。  共通テストになる前のセンター試験の時から、センターには魔物がいる、といわれているのは本当だったみたいだ。僕は国語で125点をたたき出してしまっていた。  だって。なんだあの堅苦しい現代文は! 古文も解答と解説を読んでもとんちんかんだ。もともと苦手だった科目だが、この点数は僕史上ワーストだ。  あまり考え込み過ぎず最後は直感を頼ろう決めていたのに、いざ試験がスタートすると間違えたくない一心で、登場人物の気持ちを考えれば考えるほどドツボにはまってしまった。  国語が50点の配点でまだ助かった。あとは全国の平均点が例年より低いことを祈ろう。切り替えて二次試験の勉強をしなくては。 「おはよー。あれ、陽介早いじゃん」  村田がいつもと変わらない時間に登校してきた。昨日は普通の土日でゲームでもしてました、みたいな雰囲気だ。試験は余裕だったのか?  「おはよ。なあなあ村田、どうだったテスト」 「うーん、かなり良い訳でもなく、すこぶる悪い訳でもなく、まあまあかなあ。やっぱり今までの模試で取れている点数以上は取れないね」  そう言いながら僕の前の席でコートを脱ぎ始める。 「そっか、まあでも悪くなかったんなら良かったな。もう国語がわけわからん過ぎて凹むわ」  流石に点数までは、プライドもあって言えなかった。こんな結果だったけど、クラスの中では上から5番目以内には入るくらいの成績だ。だからこそ関西で1番の京大を目指そうと思ったし。村田よりは高い点数であってほしいなと、頭の隅っこで思った。 「あー国語ね。現代文がちょっと複雑だったよね。教室での生徒の対話とか初見だったし」 「だよな?! なんだよあれ、筆者の考えだけでも難しいのに生徒の感想まで分かんないよ」 「それでいったら英語の方が難しかったよ。なんか問題数も多かったし」 「あー確かに。後半結構焦って解いたなあ。でも図が多かったからまだ解きやすかったよ」  村田が英語が難しいと言っていて少し安心した。良かった、出来が悪い教科があったのは僕だけじゃない。 「とりあえず二次試験に向けて切り替えて頑張るっきゃないな」  僕は自分にも言い聞かせるようにそう言った。 「ん、そだね」  村田はふいと視線を僕ではなく窓の外に向けて、返事した。  ? 何かちょっと違和感があったけど、気のせいかな。村田も気が落ち込んでいるのかも。  英語でマウントを取ってしまった自分が急に恥ずかしくなって、慌てて切り出す。 「受験が終わったらさ、何かうまいものでも食べに行こう! 大阪のたこ焼き食べたいんだよなあ」 「なにそれ、たこ焼きなんかこの辺にも売ってるよ。そんなに大阪好きだったっけ?」 「いや、なんとなく」 「適当かよ。ったく陽介はいつも思いつきだなあ。じゃあ今日の帰りにでも商店街で食べて帰ろ」  村田はニカッと歯を出して笑った。良かった。いつもの村田だ。  安心した僕はホームルーム後の自習に向けて参考書を取り出す。机の右横にかけたカバンに手を伸ばして前かがみになった時、後ろから肩をポンと叩かれた。  振り返ると畑野が立っていた。 「おお、おはよ。どした?」 「土曜からさ、涼華と全く連絡が取れなくて。今日も来てないみたいなの。何か知ってる?」  いつも凛々しく上がっている眉毛が困ったように平行線を描いていた。 「え、いや知らないけど……。なんかあったの?」  それがね、と畑野が口を開いた瞬間、担任が教室に入ってきた。 「おはよう! みんな、席につけー! ホームルームを始めるぞ。日直、号令を頼む」  あとで話すね、と畑野は小走りで自席に戻っていった。 「起立、礼」  日直の号令とともに、不揃いなおはようございますが教室にこだまする。  着席、の合図でガタガタと椅子を引きずる音を立てながら全員が着席する。  空席は鈴宮の席だけだった。
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