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あの時僕は何もしてやることができなかった。
でも部活中、笑顔は減ったが辛そうにしている顔は見たことがないし、教室では畑野や他のクラスメイトと楽しそうに話している姿を見ると、鈴宮にとってはそんなにダメージではなかったのかもしれない。そう思った。
本当はそう思うことで、僕は自分が見て見ぬ振りをした罪悪感を消し去りたかったのかもしれない。
「ちょっと放課後話せる?」
畑野からLINEが送られてくる。
いいよ、と返事しようとして、待てよと思い直した。
さっき村田とたこ焼きを食べに行く約束をしてしまった。村田、断ったらがっかりするだろうな。でもかといって畑野の誘いを断るには、鈴宮の様子が気になって忍びない。こういう時、優柔不断で八方美人な自分の性格が嫌になる。
でももうそれが性格で変えられないからしょうがない。
僕は畑野に
「村田も一緒でよければ……たこ焼き屋で話そう」
と返事した。
放課後、高校の最寄駅まで伸びている商店街のたこ焼き屋で、小さなカウンターしかないイートインスペースに、村田、僕、畑野、の順番で奥から腰掛けて、ハフハフとたこ焼きを頬張っていた。ただでさえ狭いのに、コロナ対策のアクリル板が席ごとに置かれているから窮屈で仕方がない。
たこ焼き屋はミスったかな、と思ったが、寒い中食べる熱々のたこ焼きはとても美味しかった。ほぼ屋外に面している店構えなので、商店街の中とはいえ冷える。
「私、ひどいこと言っちゃった。本当はそんなこと言うつもりなかったの。でも、ついカッとなって」
畑野は熱々のたこ焼きを口には運ばず、爪楊枝で1つのたこ焼きをいじいじとつついては抜きつついては抜きしながら、話し始めた。
「試験前の金曜ね、涼華と一緒に帰ってたの。明日いよいよ試験だね、頑張ろうって言いながら。で、宮嶋くんは分かると思うけど京大って共通テストの配点低いけどあんまり落とせないじゃない? だから確実に9割前後は取らなきゃって喋ってたの。私も試験前だからちょっと気持ちも高ぶってて。そしたらね、涼華が……」
畑野がうつむく。たこ焼きをつついていた爪楊枝についにタコが刺さってたこ焼きから顔を出していた。
「悠美なら絶対大丈夫だよ。この高校で一番賢いし、自信持ってね。って言ったの」
僕と村田は顔を見合わせる。
「え。良かったじゃん、鈴宮は畑野のこと励ましてくれたんだろ? 何が気に障ったんだよ」
「違うよ」
畑野はタコが刺さった爪楊枝を、たこ焼きが入った紙の船に力なく置いた。
「なんか、悔しくて寂しかったんだよ。一緒に頑張ろうって言ってくれなくなった涼華が」
僕らの間に、じゅぅとたこ焼きの鉄板で生地が焼ける音が広がった。
「分かってたよ、涼華はこうって決めたら最後までやり抜くし、きっとその考えを曲げることはないんだろうなって。だから、専門学校目指すって言ってた時もその場で反対した。でももう聞かなかったじゃんあの子。ああもうじゃあしょうがないんだなって。私には専門学校って選択肢を選んだ気持ちは全く分かんないけど、1人で考えて決めたんだなって。ちょっとくらい相談してくれてもいいのにさ。高2の時の期末テストでさ、2人とも結構成績良くて、一緒に京大目指せるよ私たちって言って今までお互い頑張ってきたんだよ。涼華と京大目指して頑張ってるの楽しかったし、もちろん2人とも受かるかなんて分かんないけど、2人で京大のキャンパス歩くのとか想像しちゃってた私にとってはさ、結構きつかったんだよ」
泣いてはなかったけど、今にも泣きそうな声だった。
こんなに弱っている畑野を初めて見る。
京大のキャンパスを歩く光景に全く自分が入っていないことが気になったが、今は聞かないことにした。
「だからつい、言っちゃったの。涼華はいいよね、専門学校だから共通テスト失敗しても大丈夫だもんねって。そしたら涼華、困った顔で笑ってごめんねって言ったんだよ。なんかもう、自分でも制御しきれなくなっちゃって、気持ちが爆発するってああ言う時のことを言うのかな。なんか、今まで一緒にいたのに、勝手に自分で決めて自分1人で進んだくせに、寂しがってる私が悪者みたいじゃない? だからついカッとなって……」
畑野はばくばくっとタコがついたままの爪楊枝でたこ焼きを突き刺して頬張った。ほっぺたを膨らませてもぐもぐと噛みしめている。泣くまいとしているのだろうか。
正直驚いた。畑野は勉強熱心で、『1に勉強、2に勉強。3、4がなくて、5に友達』とまではいかないが、何よりも自分の理想とそれに付随する勉強を優先させている印象があったから、あのイブの日も鈴宮のカミングアウトにも全く動じていないと思っていた。
畑野はもぐもぐと、僕らに追いつくくらいのスピードでたこ焼き口に運んでいる。何かをすることで、頭の中の邪念を取り払おうとでもしているんだろうか。
なんだか少し、畑野のことを今までより身近に感じられた。なんでもできて冷静で強気な畑野は、どこか自分とは別次元のできた人間だと思っていたけど、友達思いな高校生の女の子なんだ。
「大丈夫だよ、畑野。鈴宮、優しいからきっと畑野のこと恨んだりしてないと思うよ」
「そうだといいけど……。すぐに謝ったんだよ、その後。そしたら、大丈夫だよっておんなじ顔して笑ってた」
すでに僕ら3人はたこ焼きを完食しきっていた。
1月の夕方18時50分。駅から会社帰りのサラリーマンが商店街に増えてきた。たこ焼きを買って帰る人も増えてきて店は忙しそうだ。そろそろ出ないといつお店の人に注意されるかわからない。
そろそろ店を出る? と提案しようとしたら、今まで静かに話を聞いていた村田が声を出した。
「今からさ、鈴宮さんのとこ行ってみようよ」
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