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4.絵を描く人
「こうかな?それとも……こう?」
ぼくは黒ペンを動かしながら唸り声をあげた。
今ぼくは人生で初めて『絵』を描いている。筆記用具は存在しているものの、文字を書く用だし、紙だって適当な白い紙だ。
スクールでは液晶画面による文字パネル入力が多く、直接字を書く機会はあまりなかった。
だから線は歪だし、色もない。
AIのような美しいものではないし、これを絵というのも怪しい。
だけどぼくは楽しかった。こんなに楽しい気持ちになったのは久しぶりだ。
自分の意のままに線を引く、線が形を成し……絵になる。
何もない、真っ白の世界にぼくの世界が生まれた。
その感覚がとんでもなく楽しいんだ!
「できた……!」
紙に描いたのは……ぼくの勉強机だ。何を描けばいいか分からなくて、今一番近くにあるこの机を描いた。窓にはここからは見えない海の景色にしてみた。
ぼくはぐちゃぐちゃな絵を見て、大きく息を吸って吐いた。満足感で胸がいっぱいになる。
絵を描くのってこんなに楽しいんだ!
自分の手を動かして何かを生み出すことの楽しさを体感する。気が付けば数時間、机に向かっていた。
ぼくはあの廃ビルの壁に描かれた少女の絵を思い出す。あの絵は一時期とても話題になったけど、ビルは取り壊されてしまって今はもう見ることができない。
だけどあの日を境に多くの人がAIを使用しない芸術活動をするようになった。
AI芸術の第一人者であるアーティストも原点回帰とか言って、AIを使用しない作品を発表したらしい。
そして、最近若い女の子の作品が注目されているみたいだ。なんでも「人の心に響く絵」を描くそうだ。
効率も美しさも周囲の賞賛も関係ない。
みんなが今のぼくのように、自分の手で自ら表現することを楽しんでいるみたいで嬉しくなった。
何故、人は絵を描くのか。実際に絵を描いて少しだけ分かった気がした。
いつかぼくも、あの少女の絵みたいに人を感動させるような絵を描きたいな、なんて考えている。
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