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3.AI芸術家
「うん。今日も良い出来だ」
都心のビルの一室で俺はキャンバスの前で大きく頷く。
キャンバスに生成されたのは幻想的な風景画だった。色彩も美しく、花畑の花のひとつひとつが緻密に再現されている。俺が指示を入力すればこの芸術作品はたったの数十分で完成してしまうのだ。
今月は30点近く作品を発表しており、そのどれもが即売するという盛況ぶりだ。
芸術が辛く、厳しいもの。食えない職業だという従来のイメージが打ち砕かれた瞬間だった。歴史的瞬間に立ちあうことができて俺は感無量だ。
この時代に生まれたことに心の底から感謝する。
今まで素晴らしいアイデアがあるのにそれを上手く表現できなかった人達にも芸術への道が開かれたのだ。
まさに芸術界の新時代を迎えたと言えるだろう。
表現するまで、技術を極める時間が無くなったことでより自由でより多くの表現が可能になったのだ。
コストパフォーマンスがより強く求められていく時代に、正反対の性質を持つ芸術がまさか、こんな風に巻き返してくるとは思わなかった。
一時はAI芸術に対する非難が殺到していたが、時代の流れと大多数の肯定意見には敵わない。
国もAI技術を奨励し始めたら反対意見など、どこかへ吹き飛んで行ってしまった。
少し昔には「貴方の絵は貴方が描いたものではない。AIだ。称賛されたとしてもそれはお門違いだ」などと言われたがそれは古い価値観に過ぎない。
アイデアや指示を出しているのは紛れもなく『俺』だ。絵を描く上で一番重要なのは発想じゃないか。AIも絵具や筆と同じ、画材だと思えば何も違和感はない。
またある人は「著作権侵害だ」と騒ぎ立てる。それはAIがあらゆる絵の情報を拾ってそれを参考に絵を抽出するからだ。いわゆる「パクリ」というやつだ。
そもそも絵を描くのに何も参考にしないことがあるだろうか?生身の人間ですらあらゆるものを参考にして絵を描く。それと同じだろう。
AIが描いてくれることで時間を短縮し、様々な発想を現実化することができているんだ。
何も可笑しいことはないじゃないか。文句を言うようなこともない。そう言う人は時代遅れか、固定概念に囚われた人間なんだ。
今時自分の手で絵を描くなんて変わり者はいないだろう。
『あなたはなぜ絵を描くのですか?』
かつて雑誌の記者にそう聞かれた時の違和感を思い出す。
俺からしてみれば絵は描くものじゃない。「生成」するものだ。それ以上に言葉にしがたいモヤモヤとした気持ちになる。
俺はその問いになんと答えただろう。……思い出せない。
ふと、タブレットに表示されたニュース動画を見て俺は目を見開いた。
映像に映し出されたのは、廃ビルに描かれた少女の絵だ。その前に多くの人が集まってスマートフォンで写真を撮っている。ちょっとしたフォトスポットになっているらしい。
「こんな時代に壁画か?変わり者もまだいたんだな」
その絵は俺から言わせれば「駄作」だ。白黒だし、少女は後ろ姿だから美しいとも思わない。
だけど何故だろう。暫くその絵から目を離せなくなった。久しぶりに人の描いた絵を見たからだろうか。
それぐらいに壁に描かれた少女の絵には引力があった。
『ご覧ください!この絵を!AI芸術の時代に我々は今、改めて人が生み出す芸術に感動しています!この絵から溢れ出るような怒り、悲しみ、希望……人の強い思いが感じられます!AI芸術を風刺しているようにも思えますね。
いやー、私も久しぶりにこんな爽快な気持ちになりましたよ』
俺のモヤモヤとした気持ちが、レポーターの解説によって晴れていく。
「そうか……。『思い』か」
俺は目をつぶる。なんて単純なことだったんだろう。
気が付かないうちに俺は絵を描く気持ちすらAIに生成されていたらしい。
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