11 飴色

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11 飴色

「昨日はお疲れ。とはいえ……破壊したと言ってもまだ一つ。油断はしないように」 「わかってる」 「それならいいんだよそれなら。今日はゆっくり休みな」 「油断しないようにって言ったのカンナさんじゃん」 「緊張しっぱなしもよくないってことだよ、ほら遊びに行った行った」  そういうわけで、オディールはカンナの家の外に放り出された。横を見れば、先程のやり取りの最中背後でずっと騒がしくしていたエンも一緒に放り出されている。分身体の姿で。  外は雨模様。傘の町のいつも通りの光景だ。時間帯が朝十時という事もあってか、行き交う人はさほど多くない。 「エンくん」 「なーに?」 「どうしよう? 休むって言っても何すればいいかな……」 「僕に聞かれても」  それもそうか。何かをしていれば休みに何をするかを思いつくかもしれない。そう思ったオディールはとりあえず周辺を散歩してみることにした。エンも誘って。相変わらず彼がさす傘は、カンナが使う大きめのもの。そういえば以前エン専用の傘を買ってもいいかもという話をしていたような気がする。 「エンくん」 「なーに?」 「エンくんの傘買いに行かない?」 「今から?」 「今から」  今からかあ。エンはそう言ったが、声色はまんざらでもなさそうに聞こえた。彼も結構乗り気なのかもしれない。そう思いながら、オディールは歩きだす。少し歩いて後ろを振り向くと、エンが駆け足でこちらへ向かってきている様子が見えた。少しゆっくり歩いてもよさそうだ。エンが追いつくまで待ってから、オディールは再び歩きだした。今度は気持ちゆっくりと。 「傘買うっていってもオディールちゃんお金持ってるの?」 「持ってるよ。だからそこについては安心して」 「あ、うん。わかった」  時折雑談を交えつつ、オディールはエンと一緒に傘を売っている店まで向かう。先日通った道を通り、商店街まで。以前カンナを見かけた酒店を通り過ぎてしばらく歩いていると、店頭に色とりどりの傘が置いてある店が見えた。どうやら目的地はここらしい。着いた、と言葉をこぼして店の軒先に入り込む。そうして自分の傘をたたんでから、エンに声をかけた。 「あ、エンくん傘貸して。こっちでたたむから」 「ありがと~」  受け取った傘をたたみ、自分のものと一緒に店頭の傘立てに差し込む。そうして店に入って中を見回せば、色とりどりの雨具が並べられていた。快晴が多いオディールの故郷ではこれほどまでの品揃えの店は見たことがない。すごい、と小さく言葉がこぼれた。しばらく店の様子に見とれていたが、子供用の傘の近くでうろうろしているエンに気づいて目を瞬かせる。そうだった。エンの傘を買いに来たのだった。ゆっくりとエンに近づいて、声をかける。 「よさそうな傘あった?」 「ん~、今見てるとこ。とりあえずは無地のを探してるんだけど……」 「無地がいいの? だったらこれとかどうかな」  そう言いながら一つの傘を指で示す。鮮やかな水色の傘だ。それを一緒に眺めるエンが「ちょっと派手すぎない?」と口に出す。 「暗いところでも目立ちやすいからいいと思うけど」 「そもそも夜はマスターが外出るなって言いそうだから派手じゃなくてもいいと思うんだよね」 「……それは確かに言いそう……」  そうして二人は傘選びを再開する。様々な色が取り揃えられているためか、ついつい目移りしてしまう。これが自分の買い物だったら延々と決められずに同行者をひたすら待たせることになっていただろう。そんなことを思いながら、オディールはエンの様子を見守る。彼は先程と同様、傘を色々と見ているようだ。しばらくして、エンはとある傘の前で足を止める。気になる傘でもあったのだろうか、とオディールは彼に声をかけた。 「エンくん、気になる傘あった?」 「あったあった! あのね、これがいいなって」  そう言ってエンが指差す傘は、飴色をした子供用の傘だ。きれいな色をしている。率直にそう思った。そして、傘の町の風景に馴染むのだろうとも思った。自分の傘が映えるものなのだとしたら、エンが選んだその傘はきっとそう。 「色がすごいきれいだなあって思ってさ~」 「わかるよ、うん」 「ねー、オディールちゃん。これにしていい?」 「いいよ」 「やった~!」  その言葉を聞いて、オディールは言う。喜びの声を上げたエンが例の変な踊りの動きをしそうになったので、それを止めるように。   「それじゃあ支払いすませちゃおうか」  ◇  そうして二人、薄い青色と小さな飴色を並べて帰路につく。買い物に行ったという形ではあるが、気分転換もできたはずだ。隣のエンが楽しそうに鼻歌を歌っている。喜んでもらえてよかった、と心から思った。 「今度の外出は図書館か蛍かな」 「あ、そうだよ、蛍! まだ見てない!」 「様々の手が空いている時に行きたいね。次の手がかりある程度固まってる時とかさ……」 「あ~……そうだねぇ」  そう、どんなに気分転換をしようとも、やるべきことはある。だから、蛍を見に行くのは事態が進展していてかつ余裕がある頃になるだろうか。果たしてその余裕が訪れるのかどうか、という疑問もあるが。  カンナの家へと続く階段の途中で、オディールはふと足を止める。目の前になにかがある。黒いもやのようだ。ゆらゆらと蠢きながら浮かぶそれが、通りの奥を曲がって吸い込まれるように消えていくさまが見えた。ふと、隣りにいるエンを見る。「アレ何だったんだろ」と彼が言うのを聞いて、あれは不可視のものだったのだろうと解釈した。 「なんか変な気配はしたけど」 「変な気配って?」 「マスターがたまに持ち帰ってくる呪いの物品とか?」 「そうなんだ……というかカンナさんなんていうものを……」  口ではそう言いつつ、オディールは思う。エンの感覚でそういうものに近いと言うなら、カンナにも報告したほうが良いのだろうと。何がどう二つ目の心臓に関する情報に繋がっているかわからない。だから、見えた『不可視のもの』に関する情報は共有しておいたほうがいいはずだ。そして、そうすることについての情報共有も。 「とりあえず、帰ったらカンナさんにも伝えておこうか」 「だね~」 「あと傘買ったこともだよね。エンくん自慢する気でしょ」 「よくおわかりで……」
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