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12 門番
今オディールは、昨日もやを見かけたところの付近にいる。時刻は午前六時半過ぎ。人通りがほとんどないためか、気になるものを見に行くにはちょうどいいだろう。
もやが消えていった先。そこに何がかあるような気がする。昨日帰宅してもやに関することを報告した後、オディールの思考は漠然とそういった予感に覆われた。報告の際にカンナも言っていた。「魔力の塊であることは間違いないね」と。ではその魔力の塊は偶然その方向に吸い込まれていったのだろうか? あるいは意図的にそっちへ向かったのだろうか? 向かった先を見てくれば、その答えがわかるかもしれない。
階段通りの階段の一番上、そこから左。そのまま真っすぐ行けば答えが見つかるだろう。もやがその後も角を曲がったりしていなければ、ではあるが。オディールはそう思いながら道を歩く。道中もやがちぎれたような不可視の残滓が漂っている様子が見えた。たしかに、あのもやはここを通っていったのだろう。
しばらく歩いていると、建物が見えた。ぽっかりと開いた口から、地下へ続く階段が見える。見た感じの印象では遺跡の入り口のようにも見える。その建物のすぐ近くには、小さな小屋があり、そのすぐそばには看板が設置されていた。確認してみれば、『史跡』と書かれている。
(思ってるよりいろんなものがあるんだねこの町……)
そう思いながら入り口へと近づいてみると、足元に何かがいることに気づいた。黒くて丸い、毛の塊。しかもそこそこ大きさがある。一体何なのだろう。そう思いながら、オディールはそれから視線をそらす。そのまま中を覗き込もうとすると、何者かに呼び止めらた。
「そこから先は侵入禁止なのです。依頼者が入るなって言ったので」
「……誰?」
「足元を見るといいのです。門番はそこにいるのです」
声のとおりに足元を見てみると、そこには先程とおなじように黒い毛の塊がいた。もしかして、『これ』なのだろうか? 疑問に思うオディールに、声が再びかけられる。
「はじめましてです。門番です」
どうやら、『これ』が門番とやらだったらしい。
「さっきも言ったのですが依頼者に侵入を止めるよう言われているのです。なのでお引取り願いたいです」
「……依頼者?」
「依頼者は悪魔です。ここに置くものがあるので入らないように見張ってくれって依頼されたです」
その言葉に、オディールは一瞬固まる。門番は「悪魔が依頼者」と言った。だとすれば、その悪魔が言ったらしい『置くもの』は心臓である可能性がある。門番が言う依頼者が、自分に賭けを持ちかけた悪魔と同一であるならば。
そう仮定すると、ここで一つ問題が生じる。破壊をするためには、まずこの門番をどうにかしなければならないということだ。
「えーと……どいてもらうことってできない?」
「タダではできないです。依頼は大事なので」
「そっかあ……」
でも、と門番が言う。
「条件が整えばどいてあげることはできるのです」
「どいてもらえるの!?」
「です」
「そ、その条件って?」
門番が続けて言う。
「とある薬を持ってきてほしいです。『星の魔法薬』っていう薬です。それ持ってきてくれたらどいてあげるのです」
◇
「どこ行ってたのあんた」
そうして交換条件を把握して帰宅したオディールを出迎えたのは、カンナの率直な発言だった。いつも二階から降りてくる姪が玄関から現れたらそういう発言も飛び出るものなのだろう。そうは思うが、少しチクチクしているように感じた。
「ちょっと散歩がてら例のもやが向かった先の様子見に……」
「なるほどね、まあとりあえず座って朝食とりな」
「はーい」
カンナと向かい合うようにして、席につく。今日の朝食はパンと牛乳とポタージュであるようだ。もちろん、パンに塗るジャムもある。
「カンナさんさ、『星の魔法薬』って知ってる?」
「知ってるよ。なかなか作るのがめんどくさい薬なんだよねそれ。で、それがどうしたの」
「ちょっとね……」
そうしてオディールは今朝の出来事を説明する。悪魔に依頼された門番が、心臓がある可能性がある場所を守っているということ。その門番が『星の魔法薬』を持ってくればどいてくれるといったこと。そう言った内容を、ざっくりと。それを聞いたカンナが「まあ、その依頼人はあんたと勝負してる悪魔で間違いないだろうね」と言った。
「一つの場所に二人以上の悪魔が呪詛を撒くことはめったにないからね」
「そうなんだ」
「そうだよ、もしそういうことがあったら……その場所かその場所に住んでいる何者かに『何か』があるってことになるだろうさ」
「なるほど……」
「まあそのへんは一般魔女やその姪であるあたしやあんたには関係ない話だよ」
オディールはバターとジャムを塗ったパンを一口かじる。次に、牛乳を一口飲んだ。そうした上で、カンナに問いかける。
「さっきの話なんだけど、『星の魔法薬』が作るのめんどくさいって具体的にはどういう感じなの?」
「ざっくりいうと、材料集めがめんどくさい」
「材料が」
「そう、材料が。具体的にどういう材料なのかということは明日説明するから」
「お願いします」
魔女の称号を持つ者をしてめんどくさいといわしめる材料。一体どのようなものなのだろうか。少なくとも、自分には想像がつかないものなのだろう。そう思いながら、オディールは朝食を食べ進める。少し冷めたポタージュに、もうちょっと早めに口をつけておけばよかったなどと思いながら。
なんにせよ、これから自分がやるべきことはカンナが言う『集めるのが面倒な材料』を集めるということだろう。カンナの口ぶりから察するに、作るぶんには問題がないのだろうと思う。カンナがその手のものを作っている様子を見たことはないのだが。とはいえ、あの叔母は魔女の称号持ちだ。だからきっと、大丈夫だろう。漠然とした感覚ではあるが。
そういう事を考えながら、オディールは朝食を食べきる。そうしたところで、まだ少しだけ食べ足りないという感覚を覚えた。
「カンナさん」
「何?」
「ポタージュおかわりしたい」
「はいはい、いいよ」
オディールの器をひょいと持ち上げ、カンナが席を立つ。その背に「よろしくおねがいします」と声をかけると、カンナが深皿を持っていない手を軽く上げて答えた。
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