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13 流しそうめん
「そういえばマスター」
「何」
「今年まだ鈴の国からのアレ届いてないよね」
「ああ、アレね。届いてはいるよ」
「届いてるの!? 僕何にも知らないんだけど!?」
「あんたが寝ている時に来たからね」
「言ってよ~!」
ある日の昼下がり。カンナとエンがそう言い合うのを見ながら、オディールは考えにふけっていた。
まず、昨日言っていた魔法薬の材料の話だ。今日の朝食の後、カンナから面倒な材料の一覧を渡された。確認してみた材料は『迷路蔦に成るリンゴ』『黒く輝く星の砂』とある。二種類ならそこまで面倒ではないのではと問いかけて、返ってきた答えが「どっちも魔力が溜まっているところにしか存在しないんだよ。この町の近場にあるかどうかも想像付かない」とのこと。なるほど、それは面倒だとオディールは納得した。それから、もう少し細かいことについては明日話すとカンナは言っていた。なので、詳しくはまた明日。
もう一つが、先程からカンナとエンが言っている『アレ』とは何かということだ。アレとは一体何なのだろう。エンの言い回しから考えるに、おそらく彼にとっては楽しいものなのだろうと思う。それから、鈴の国の名産であることは把握できた。だが、それ以外のことはさっぱりわからない。疑問に思っていると、カンナがこちらに話題をふってきた。
「そういやあんたも食べる?」
「食べるって?」
「鈴の国の名産品。そうめん、っていうんだけど」
「そうめん」
「そうめん。めんつゆってやつにつけて食べるの」
「おいしいの?」
「おいしいよ。それに気分転換にもなるだろうしね」
目標が定まったからこそ、気分転換も重要だ。と、カンナは続けた。たしかにとつぶやいたうえで、オディールは「じゃあ食べてみようかな」と返事をした。そうめん。一体どのような食べ物なのだろうか。
◇
その『そうめん』という食べ物には、特殊な食べ方があるらしい。カンナいわく、なかなか楽しい食べ方であるということ。そしてそのためには準備があるらしく、オディールはいまそれを手伝っているところである。筒を縦半分にしたものを並べてつなげるという作業。時々曲がったパーツを使って、最終的には楕円を描くように繋げろというのがカンナの指示だ。
「この作業とそうめんというやつがどう繋がっているか想像つかない……」
「はいはい、がんばりな若者。あとそれ全部繋いだら声かけて」
「はーい」
黙々とつなげる作業を続けていく。しばらくすると器のようなものが出来上がった。
「カンナさん、できたよ。というかこれをどうするの……」
「はいはい了解。入れ物の準備は上等だね。次はそうめんの準備だ」
「そうめんの準備?」
「そう、準備。ちょっと時間かかるからしばらく待ってな」
「はーい」
キッチンへ消えていくカンナを見送り、オディールはぼんやりとリビングを見回す。待つ間何をしていようか、と思う。この部屋にある何かで時間つぶしができればいいのだが、いかんせんこの部屋にあるのはカンナが読んでいるような学術書だし、いるのはカンナの使い魔の文鳥たちだ。エンがいれば話し相手になっていたのだろうが、彼は今カンナのアトリエで部屋の片付けをしている最中だ。
暇だなあ。思わずそう呟いたのと、カンナがこちらを呼んだのはほぼ同時のことだった。
「あ、何? カンナさん」
「準備できたよ」
「あ、そうなんだ。というかエンくん呼びに行かなくていいの?」
「あいつならこっちの方で呼び出したからすぐ来るさ」
と、カンナが言っていたとおり、エンはすぐにこちらへとやってきた。彼は「わーい流しそうめんだ~!」と言いながら、オディールの隣に座る。流しそうめんって? と聞いてみると、エンは楽しそうにこう答える。
「その器に水流を作って、そうめんをぐるぐる流すんだよ。見て楽しめるからすごいんだよね~」
「流す……?」
浮かぶ疑問に、カンナが答える。
「まあ、やってみたほうが早いね。はじめるから見てみな」
「あ、うん」
カンナが透き通った水色の石を器に入れる。そうして、白くて細い麺状のものを石とはずらした位置に。この麺が『そうめん』というやつなのだろう。どういう味がするのだろうか。そう思いながら様子を見守っていると、カンナが何かを唱えて水色の石を軽く弾いた。ふわりと石が光り始める。すると、どうだろう。器が水で満たされ、器の端を伝っていくように水が回り始める。その流れに乗って、『そうめん』も流れていく。
「これが『流しそうめん』。鈴の国の夏の風物詩ってやつだね」
「すごい……流れてる……」
「まあ、見て楽しむ以上にこれは食べ物だからね。ほら、食べ方はあたしが実践するからそれで覚えな」
「はーい」
手元にはエンが用意したらしいカップが置いてある。中には紅茶に似たような色をした液体が入っている。「カンナさん、これ何?」と聞いてみると、これが『めんつゆ』とやらであるという回答が返ってきた。
「で、フォークでこの流れてる麺を取って、そこのつゆにつけて食べるんだよ」
「なんか取るの難しそうなんだけど……」
「慣れたら簡単だよ。ほら、慣れるためにもやってみな」
おそるおそるフォークに麺を絡めるように水に付けた。軽く揺らしてみると、麺がフォークにせきとめられはじめる。この麺をとればいいのだろうか。くるくるとフォークを回す。自ら少量の麺を持ち上げ、そのままめんつゆにつける。このつけたものを食べたらいいらしい。おそらくだが、めんつゆとやらごと飲むものではない。フォークを持ち上げて、めんつゆが絡んだ麺を口に運んだ。
はじめて食べたものの美味しさが、口に広がった。麺自体のさっぱりとした味と、絡んだめんつゆの甘くて濃いめの味付けがうまく噛み合っているように感じる。
そうして一口食べた後、オディールは一口水を飲む。そうした上で味の感想を、ひとつ。
「カンナさん、これ……美味しいね」
「でしょ?」
そして、自分たちの食べる様子を見ていたエンが、「流れるのを見るのも楽しいでしょ?」と嬉しそうに尋ねてくる。食べることはできない彼でも、視覚的に楽しめる。流しそうめんというものは、そういうさまざまな楽しみ方があるもの。オディールの知るものが、また一つ増えた。
「うん、たしかに楽しいね」
何もかもが無事片付いたあかつきには、またこうして異国の風物詩を味わうのもいいかもしれない。
そう思いながら、オディールは再び流しそうめんの器にフォークをつけた。
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