14 お下がり

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14 お下がり

 あたしのお下がりになるけどいいもの渡すから、朝ごはん食べ終わったらしばらくここにいるように。朝食前、オディールはカンナからこんなことを言われた。いいものとは一体何なのだろうか。全く想像付かないし、考えようとするとつい朝食を食べ進める手が止まってしまう。どう考えても、深く考えずに朝食を食べ進めていくのが無難な気がする。そう思い直して、パンにバターとジャムを塗る。  そうしていると、カンナの方から『いいもの』に関する答えが飛んできた。 「あたしの使い魔に文鳥みたいなのがいるのは見たでしょ」 「うん、あの子達だよね」 「あんたに渡す『いいもの』ってのはあれらに指示を出すためのツール……だね、簡単に言えば。それを使えば、あんたが言ってた門番の交換条件を満たすのも多少は楽になる」 「材料のありかがわかりやすくなるってこと?」 「ざっくりいうとそういう感じだね」  食事が終わったら素材に関する詳しい話をしようか。と、カンナが言う。そう言えば食事を進める手が止まっていた。しっかりと冷やされていたはずの牛乳もすっかりぬるくなってしまっている。オディールは少し慌てて食事を再開した。少しだけ冷めてもパンはしっかりと美味しかったし、ジャムとバターも良いアクセントだった。  しばらくして食事は終わる。食器を片付けた後、オディールは再び席についた。食事時とおなじように、向かい合ってカンナが座る。そうして「さて」とカンナの声がした。 「『迷路蔦に成るリンゴ』『黒く輝く星の砂』、魔力が溜まってるところにしかないって言う話はしたね」 「うん。めんどくさいって話と一緒に」 「まずはめんどくさい理由の細かい話から。この町のまわり、魔力溜まりがアホみたいに多いんだよ」  魔力溜まり。アカデミーでも聞いたことがある。確か魔力が濃い土地の周囲によく見られるものだったはずだ。その土地の基本的な植生とは全く違う様子であったり、侵入者を阻むように濃い霧に満ちていたり、ずっと雨だったり、もしくはその逆だったり。そういった現象が土地に根付いているか条件が整えば現れるもの。それが魔力溜まりだ。そういうものであるがゆえに、ほとんどの魔力溜まりの中は迷宮化しているのだという。とはいえ、魔力溜まりとはアカデミーの生徒が課題の調査に行ったりもするような場所でもある。危険性はかなり低いと言えるだろう。  そんな魔力溜まりが、傘の町の周辺では『アホみたいに多い』のだという。その理由をそれとなく聞いてみると、カンナの答えが帰ってくる。一瞬だけ遠い目をしていたような気がした。 「まあ、この町の天気が雨で固定されている影響だろうね。雑に言えば、古代の遺産の影響はでかいってことかな」 「なるほど……。話戻すんだけど、つまり、魔力溜まりが多いからどこにあるかがさっぱりわからないってこと?」 「そういうことだね。でもまあ、手段はある」  それがさっき言ってたお下がりにつながってくる、とカンナが言う。どういうことだろうと首をかしげていると、カンナがこちらの目の前に小さな箱をよこした。 「この中に入れてる笛。それで文鳥たちに指示できる」 「なるほど……というかこれがどう探す手段につながるの?」  とんとんと箱を叩きながら、カンナが言う。   「簡単だよ。素材の情報を文鳥に伝えて、それを探せと指示をだせばいい」 「情報……どうやって教えろと……?」 「それなら簡単だよ。エンに教えてもらいな。実のところあたしも知識だけ知ってる範囲だから素材の細かい情報はわからない。そういった情報に関しては、あたしよりあいつのほうが確実。あいつのほうが魔術に近いからね」 「へえ……エンくん実はすごいんだね」 「ぱっと見ああだから分かりづらいだろうけどね」  たしかに。内心そう思ったことは、エンには黙っておこうと思った。  その後追加の説明を受け、オディールはカンナのアトリエで分身体のエンと向き合っている。厳密には必要な素材の知識を笛に刷り込む作業をしているエンを眺めている。  笛(オカリナに近い形をしている)を手に、エンがうんうん唸っている。聞き取れない言語で何かを言っている。笛をなぞった指をくるくると回している。  その様子をオディールは静かに見ていた。どうやらこの作業、カンナいわく『魔術に近い』らしいエンでも大変なものであるようだ。なら、静かに終わるのを待った方がいい。変に雑談を振って作業の妨害をしたいわけではないし、やっている作業がなんとなく気になるので眺めたいという感覚もある。  何分経っただろうか。笛を一旦箱の上において、エンが大きくため息を付いた。そうして、目を瞬かせる。笛を拾い上げて、こちらに笑顔で差し出してきた。そっとそれを受け取ると、エンは満足したように頷く。   「な、なんとか刷り込み成功したよ……。名前を思い浮かべて笛吹けば鳥さんは探しに行ってくれると思う」 「ありがとう」 「どういたしまして!」  これ、室内で試しても大丈夫かな。オディールはエンに聞いてみた。彼は軽い調子で「いいんじゃない? 外でやらなきゃダメっていうルールないもん。たしか」と返事をした。なるほど、ならここで笛を吹いてみてもいいだろう。あとでカンナに「うるさい」と怒られるかもしれないが、その時はその時だ。  探すべきものは、『迷路蔦に成るリンゴ』と『黒く輝く星の砂』。念じながら息を吸う、笛に息を送り込む。素朴な音色を合図に、周囲にちらほらいた文鳥が一匹残らず飛び立ってアトリエを飛び出していった。  オディールはぽかんとした様子で、文鳥たちを見送る。お下がりということは把握していたこの笛、周囲の使い魔の文鳥に影響を及ぼすものだったらしい。 「みんな行っちゃったね~」 「そうだね……。うん、ちょっとびっくりしたかな……」 「まあみんな一気に飛び出して行っちゃうとね」  とりあえず、今後指示を出す必要があるときは外でやろう。オディールはそう心に決めた。  一方で、こういうことも思った。カンナも自分と同じように、室内でうっかり笛を吹いてしまったことがあるのかもしれないと。そうだったらいいなあ、とオディールは思った。カンナにもきっと、こういう時代もあったのだろうと。  笛がいつ頃使われていたものかは聞いていない。ただ、ぼんやりと、もしかしたらの事象に思いを馳せた。
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