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15 解く
それらしい魔力溜まりがあると知らされたのは、使い魔を放った翌日のことだった。あまりにも早い。早いし、文鳥は実は喋ることができた。二重の驚きに、オディールは一瞬固まった。
そうしてきちんと報告を受けたあと朝食を済ませて、現在に至る。今オディールはエンと一緒に街のすぐ近くにある森へと向かっている。目的は『迷路蔦に成るリンゴ』の回収。文鳥が調べてきた魔力溜まりの場所は、オディール個人の力では解読できなかった。ちょうど様子を見ていたエンに頼んで解読してもらったところ、彼はそのまま案内も引き受けてくれた。持つべきものはなんとやら。
「この先?」
「うん、この先~」
「森のどのあたりにあるのかな……」
「浅いといいよね~。帰りも楽だし」
「そうだね、浅いととっても助かる」
雑談を交えながら、森の中を歩く。木がさえぎっているからか、町中とは違った雨音が聞こえた。道になっていない道に積もった葉を踏むたびにカサカサと音がする。状況が状況でなければ、傘の町基準で最高の散歩日和だったに違いない。
そうしてしばらく歩くと、エンが「浅くなさそうだなあ……」と言葉を漏らした。少しだけそういう予感はしていたが、まさか的中するとは。運が悪いような、そうでないような。なんともいえない感情を抱えながら、オディールはエンの後を追う。
「文鳥、ざっくりとした説明と目印しかくれなかったんだよ」
とはエンの言い訳じみた一言である。文鳥の形をした使い魔の能力がどれほどまでかはさっぱりわからないが、解読する側が苦労することだけはよくわかった。目印とエンは言ったが、その目印とはどういうものなのか。オディールはエンに問いかけた。「そうだね~」という前置きの後に、エンの答えが返ってくる。
「泉と、その近くにある幹が太い木だって」
「なるほど。というか前にちょっと幹が太い木みたいなの見えない?」
そう、オディールの視界にはエンが言う目印に当てはまると思われる木が映っている。その近くに泉があれば、その近くに魔力溜まりがあるということになる。得た様々な情報を組み合わせて考えるならば。
そちらへ近づく。周囲の空気が少し冷えたような気がした。さらに近づく。あたりに霧が立ち込める。もう一歩、足を踏み込む。目の前にぽっかりと口を明けるようにした何かが見えた。何かには『向こう側』があるようだ。よく見てみると、それは晴れた森の姿。オディールと同じ用にこれを見ていたエンが「魔力溜まりだね~」と能天気とも取れる調子で呟いた。
「入って大丈夫なのかな……」
「大丈夫だよ。マスターもしょっちゅうこういうとこ入ってるって言ってたし」
カンナさんも。そう口にしてから、オディールは思考する。カンナの場合は調査のために入ったということなのだろう。なんやかや今現在カンナが自分に協力してくれているあたり、魔力溜まり自体には身体に何らかの悪影響を及ぼすものではないのかもしれない。それこそ、エンが「大丈夫」と言っている通り。
ごくりとつばを飲み込んだ。そうして、心の中で勢いをつけて魔力溜まりの中に飛び込む。視界が霧が満ちたように白く染まる。思わず目を閉じた。しばらくすると風が吹いてきて、頬を撫でて過ぎ去る。ほんのりと光を感じた。目を開けても大丈夫だろうか? そう思いながら、ゆっくりと目を開く。
そこには、光が差し込む庭園が広がっていた。木の根元に作られている花壇で真っ白な花が咲いている。奥では門が口を開けている。入れということだろか? そう思いながら隣に立っているエンを見る。
「名前に迷宮って入ってるやつの回収だから入ったほうがいいんじゃないかな、あの門」
「……それは私も思ったけど大丈夫なのかなこれ」
「マスターが言ってたけど、魔力溜まりはある程度の滞在時間が過ぎたら自動的に外に追い出されるんだってさ。だから大丈夫だよ」
「大丈夫って言えるのかなそれ」
とはいえ滞在時間というものがあるのなら、素直に進むしかないのだろう。小さくため息を付いて、それからエンが着いてきていることを確認して、オディールは奥の門をくぐる。
魔力溜まりに入ったときと同じような感覚。それが過ぎた後に、また別の光景が目の前に広がる。どこかの屋敷の一室であるようだ。きちんと片付けられている書斎という印象を受ける。自分たちがくぐってきた門とは別に、設置されている本棚のそばに門が開いている。次はそこをくぐればいいのだろうか。示されている道のとおりに、門をくぐる。
魔力溜まりに入ったときの感覚は、何度かくぐるうちに慣れてきた。門をくぐるたびに、どこかの屋敷の内装であったり庭の片隅であったりといった光景が現れては過ぎ去っていく。だが、目的の品はどこなのだろう?
「文鳥たちはここ、って言ってたんだよね?」
「うん、そうだよ」
「……見当たらないよね?」
「そ、そうだね~」
まあ、時間ぎりぎりまで探してみようか。そうつぶやいて、オディールは今現在いる部屋を見回す。自分たちを囲む壁全てに絵画が飾られている、小さなギャラリーと言えるような部屋だ。ぱっと見では扉は一つだけ。そういえば、これまで通ってきた部屋の扉や門も一つだけだった。だが、本当にひとつだけなのだろうか? 今までも見えていた門以外に別の門があって、自分はそれを見落としていただけなのではないだろうか?
浮かんだ謎は、解く必要がある。オディールは部屋の中を注意深く観察する。残り滞在時間がどれくらいなのかは分からない。だから、それまでに。
部屋には壁にかけられた絵画、それから扉。絵画を一つずつ見ていくと、今まで通った空間を切り取ったような絵であるように見受けられた。そして、それはその中にあった。
扉が描かれた絵。触れてみると、絵画の扉がガタガタと揺れた。干渉ができる。ということは、開くことも、きっと不可能ではない! オディールは押し込むように絵の扉に触れた。少しだけ押し返される感覚がしたあとに、急に指先の力が抜ける。かちゃり。何かが外れる音。それがしたと同時に、オディールの視界は白く染まった。
◇
視界が晴れた時、オディールはエンと一緒に魔力溜まりの外で雨にうたれていた。知らない間に手に何かを持っているような気がする。オディールは傘をさすよりまえに、今自分が持っているものに視線を移した。
赤く、みずみずしい潤いをたたえたりんごが一つ。その頭からは細い蔦がいくつか伸びていた。誰かからのメッセージらしき白い紙と一緒に。
「りんご……これ、目的のやつかな……?」
「じゃないのかな。たぶん。あ、オディールちゃんその紙貸して~」
「いいよ」
「ありがと~」
――扉を見つけた人へ。このりんごはあなたが解いた謎への報酬です。
紙を受け取ったエンが、そう朗読する様子をオディールは眺めていた。
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