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17 砂浜
足元には色とりどりの砂が広がる砂浜。空は快晴だが雨が降り注いでいる。生えているのはヤシの木だろうか。観光地の砂浜に生えているのを写真で見たことがある。そして耳をすませば、波がよせてはかえす音がする。
ここはとある魔力溜まりの中。今のオディールの任務は、この砂浜から目的の砂の溜まっているところを見つけて回収することである。それも、滞在時間の間に。
波打ち際ではしゃぐエンを見て、オディールは小さくため息をついた。
◇
文鳥が知らせを告げたのは今日の朝のことだった。砂の反応がある、とのことらしい。距離的にはここからそこまで遠くない場所だったのと、エンが道案内を引き受けてくれたため二人で出かけることにした。
傘の町は今日も雨が降っている。晴れていないことに安心しながら、オディールはエンの案内する道順を辿る。前回行ったのとはまた違う道のりだ。路地を通って、また路地を通って。裏口とも言えるような街の出入り口から街の外へ。そうしてしばらくレンガの道を歩く。そうしていると、エンが「あれみたいだよ~」と声を上げる。目の前には、砂浜の姿を映す魔力溜まりがあった。
◇
そうしてその魔力溜まりに飛び込んで、エンがはしゃいでオディールがため息を付いて、現在に至る。
とりあえずこの広い砂浜のどこに黒い砂があるのだろうか。レプリカでは確認できない特徴があると信じて探すしかないのだろうか。前回の魔力溜まりのように、何者かが課した試練を攻略することで手に入ったりしないだろうか。そんなことばかり考える。
立ち止まっていてもしかたがない。オディールは砂浜を歩いてみることにした。その前にエンに声をかけ、同行するように促す。
「ごめんごめん、ちょっとテンション上がっちゃって」
「まあ、テンション上がるのはちょっとわかるけど……」
「だよね! こんなに広いとね! あがっちゃうよね!」
どうやら彼は心底楽しかったらしい。カンナはもしかしたら石板連れでの外出をそれほどしていなかったのかもしれない。
そう考えたところで、外出と言えばとオディールは話題を変える。
「そういえば蛍見に行くって話があったよね」
「あ! そうだね!」
「私も町の地理に多少慣れたし、エンくんも分身体に慣れただろうから……そろそろ行ってもいいかもね」
「やった~!」
「まあ先に交換条件のあれそれをなんとかしてからだけど……」
「そうだった」
ゆったりとした速度で砂浜を歩く。目的の砂を見つけるためには、急ぎつつもじっくり観察しなければならない。一歩、また一歩と足を進める。様々な色をした砂は少し軽いような感覚がした。魔力溜まりという特殊な空間内だからだろうか。
そうして注意深く探してみても、目的の黒い砂のまとまりは見つからない。もっと向こうにあるのだろうか? それとも今自分たちが向かっているのとは逆の方向にあるのだろうか? そう考えるとどっと疲れてくるような気がする。オディールは小さくため息を吐いた。そうしたところで、エンの声があがる。
「ねえ、オディールちゃん」
「? どうかした?」
「足元……何かいるんだけど……」
「足元?」
言われたとおり足元を見ると、そこには足の生えたヤシの実としか形容できないものがいた。それも複数。彼らはオディールとエンの足元でぴょんぴょん飛び回っている。何かを主張しているのだろうか? オディールは率直にそう思った。
しばらく彼らの様子を見ていると、彼らは唐突に全員で同じ方向に歩きだした。途中で一旦止まった際に、こちらをじっと見ている。ような気がした。
「ついてこい、かな」
「かもね~」
「何らかの変化があったってことは、糸口かもしれないよね。ついていってみようか」
「賛成~!」
オディールがエンとともに彼らに歩み寄ると、彼らは安心したようにまた歩きだした。
彼らの足が短いせいもあり、オディールたちもまたゆったりと進む。それもあってか、周囲の光景をじっくり観察しながら進むことができている。この魔力溜まりは砂が色とりどりなだけで、それ以外は一般的な砂浜といった印象を改めて感じた。どこかの南の砂浜を下敷きにしている魔力溜まりなのだろうか、とも思う。魔力溜まりの発生条件はまったくわからないため、そういうことがあるのかどうかについては戻ったらカンナに聞いたほうが早いだろうと思った。
十分くらい経っただろうか。彼らは少しだけ足を早めて、前方にあるひときわ大きなヤシの木へと駆け出していった。オディールは目を細めてそのあたりを観察してみる。ヤシの木はやたら大きい気がする。下の方に視線を向けてみよう。彼らの同族と思われる存在がぴょんぴょん飛び跳ねている。さらにその足元を見てみると、黒い砂があるように見えた。どことなく、光っているようにも。
彼らのあとを追って、オディールは少し足を早める。エンがびっくりしたように「ちょ、ちょっと待って~」と言う声がした。正直申し訳ないが、待っている訳にはいかない。直感が正しければ、あそこにある砂が。
「『黒く輝く星の砂』、だよね!」
オディールには彼らがうなずいているように見えた。
とりあえず持ってきていた瓶に砂を詰めなければ。少し固い蓋を開けて、瓶を砂に潜らせる。その最中に、エンが誰かと話しているような声がした。
「案内ありがと~」
「礼には及ばんよ」
「でもなんで案内してくれたの?」
「そこのお嬢さんが悪魔と賭けをしていることを察したから、じゃよ。我らは人の隣人じゃ」
「そうだね、『隣人として隣人に良くしなさい』だ」
「そうじゃとも」
一体誰と会話しているのか。ここには自分とエンと彼らしかいないはずだが。もしかして、彼らの中に言葉を解する存在がいたのだろうか? とはいえ、会話内容を聞いている限りは彼らは『隣人として』自分たちに協力してくれたのだという。だとすれば、お礼を言うのがすじだろう。
「ありがとうございました」
蓋をした瓶を片手に、オディールは深々と頭を下げた。そうしていると、先程エンと会話していたらしい彼らの一人の声がする。
「礼には及ばんよ。あまり気にせんでおくれ」
「でも、お礼だけははっきりと言わせてください。本当にありがとうございました」
周囲の光景が波打っている。そろそろ、滞在時間の上限となるのだろう。
光が視界を覆っていく。反射的に目を閉じる。そうして元の場所への帰還を待っている間、オディールは見送りの声を聞いた。
「気をつけるのじゃぞ。我らは隣人。君の勝利を祈っておる」
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