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18 占い
昼過ぎになっても、カンナはアトリエから出てこない。それもそうだ、とオディールは小さくつぶやく。
『星の魔法薬』の素材はそろった。あとは作るだけ。とはいえ、時間が結構掛かるとのことだそうだ。カンナ曰く、朝から作業して夕方ごろにできるかどうかとのことらしい。そのため、今日は外出禁止という指示が出た。カンナの作業終了時にできた薬をさっと手渡すためだそうだ。
とはいえ、家でやれることにはなにがあるだろうか。オディールはそう思いながら、先日エンと中身を見ていた本が入った箱を片っ端から引っ張り出している。たしかこの中の本は読んだことがないものが多かったはずだ。背表紙をぱっと見ていた範囲でも、様々な分類の本が入っていたような記憶もある。さて、この本のなかから何を選ぼうか? 推理小説を読むのがいいだろうか? そんな事を考えながら、指先で本の背表紙をなぞっていく。
そうしたところで、オディールは一冊の本で指をとめた。少し古びた本だ。背表紙を読むと、占いの本であるようだ。昔流行った本だろうか? なんとなく気になったから、という好奇心だろうか。オディールはその本を箱のなかから引き抜いた。
「……? 名前書いてある」
読んでみると、そこには子どもが書いたような字でカンナの名前が記されていた。どうやらカンナが子どもの頃読んでいた本であるらしい。そうと知って、オディールの好奇心は更に沸き立った。自分の叔母の子供の頃の愛読書。中身が気にならないと言ったら嘘になる。
表紙をめくってみる。保存状態が良かったのか、本はすんなり開いた。表紙と遊び紙の間に別の紙が挟まれている。とりあえず拾い上げて中身を読んでみると、カンナがかつて書いたらしいメモであることがわかった。特によく読んでいたページの要約であるようだ。なるほど、とりあえずこのページを読めばいいと。オディールはそう判断した。
そうして、メモが示すページを開く。とくにページがぼろぼろと取れるとかはなかった。本当に保存状態がよかったらしい。そうして開かれたページを読むと、そこにはとある石板を用いた占いについて記されていた。半球の水晶がはめ込まれた石板。かつての人たちはその水晶部分に手を乗せて未来を予見なり占いをしていたのだという。
石板の図解。そこに描かれている絵には見覚えがあった。エンの石板によく似ている。
「エンくんの石板でそれっぽい遊びできないかな……」
とはいえ、実際にやる気はない。
オディールはとりあえず他のページも見てみることにした。適当に開いたページは、カードを使った占いの基本的なやりかたについて記されていた。その文中に『付録のカードを使うとよい』と書いてある。おそらく小箱に入っていると思われるが、そういったものは見当たらなかった。だとしたら、それがあるのはおそらくこうだ。また別の本を入れている箱の中か、もしくは別の場所に置かれているか。
カードを見つけて何をするか、オディールはそもそもよく考えていなかった。試しに占って遊んでみるのはありだろう、とは思っている。暇つぶしにもちょうどいいだろうとも思っている。そう考えている以上、探さないという選択肢はなかった。
とはいえ、探し出すにしてもどのあたりを探せばいいのか。オディールにはまったく見当がつかない。カンナが傘の町に引っ越した際に何を持ってきて、何を置いてきたのか。目的のものをカンナが持ってきたと仮定して、あの叔母は一体どういう場所に目的のものを保管するのか。とはいえ、そこいらに適当に置きっぱなしということはないだろう。物の保管に関して、カンナはしっかりしているという印象がするからだ。姪目線ではあるが。
オディールはとりあえず本が入っていた箱たちから探すことにした。少し考えたが、目的のカードは占いの本と同じくらいの古さであるはずだ。同じくらいの古さの本が入っている箱の中に混ざっている可能性もゼロではない。オディールは床におろした箱の一つを開く。中には小箱がたくさん詰め込まれていた。一個ずつがわを確認していく。まず一つ、中身のあるお菓子の箱。中身はお菓子以外のなにかだと思われるが、中身にはさほど興味がない。もう一つ、楕円形の金属製の箱。中身は軽い。空なのだろうか? さらに一つ、表紙に絵が描かれている箱。その箱の絵を見たオディールははっとした。占いの本の挿絵にこういうものがあった気がする。
オディールはその箱と占いの本を手に、ベッドの方へと向かう。ベッドを机代わりに本を開いて、箱の中身も確認する。中からは占い用のカード一式がでてきた。わりとすんなり見つかってよかった。オディールは心底そう思った。
(あとは試してみるだけかな)
本の指示通りに裏面にしたカードを混ぜる。本の手順通りにカードを並べていく。並べるのに不慣れなせいか、カードは少し歪なひし形を描いた。そして使わないカードは横に避けておく、らしい。邪魔にならない位置にカードを置いて、オディールは再び本を見る。本によれば、占いたい内容に対応する位置にあるカードをめくればいいらしい。
考えてなかった、とオディールは小さくこぼした。暇つぶしに占いを始めてみたはいいものの、何を占うのかまでは全く考えていなかった。しいて言えば、未来にいいことがあるかどうかとか。だとすれば。
「一番上かな」
そう呟いて、オディールは一番上のカードをめくる。星がなっている木という絵が目に飛び込んでくる。本を参照して確認して、占いの結果を読む。どうやら、未来にいいことはあるらしい。
果たして本当にいいことはあるのか。今の自分の状況を思いながら、オディールはカードを片付け始めた。それと同時に、階下からカンナが呼ぶ声がする。どうやら魔法薬が完成したらしい。
部屋を出る足が軽いことに、オディールは気がついた。今ちょっとだけいいことが起こったのでは、そう思えた。賭けに勝つという目的に向けて、確実に足を進めることができている。その事実を、噛みしめる。
「今いくよ」
「焦らずきな」
「はーい」
オディールははやる気持ちを抱えながら、部屋の扉を閉める。カードはあとで片付けたらいいだろう。軽くうなずいて、階段を降りていった。
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