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19 爆発
カンナ曰く、魔法薬はすぐに悪くなるものらしい。もって二日がいいところ。とかなんとか。
そういうわけだから、すぐさまにでも目的を果たす必要がある。そういうわけだから、オディールは今目的地へ向かっている。後ろからついてくるカンナは、何かが起きたときのために備えて控えてくれると言っていた。魔女がそう言ってくれるのは、頼りがいがある。心からそう思う。
「史跡の入り口だっけ」
「うん、そう。そこに門番がいるの」
「まあ、大方もとからいたやつが悪魔の影響で目覚めたとかだろうね」
「そうなの?」
「魔法生物のたぐいは、大きな力に影響されることがままあるからね」
そう言っているうちに、オディールたちは史跡の前へとたどり着く。先日見かけた門番が相変わらず入り口で陣取っていた。黒い毛の塊がぴょんぴょんと跳ねている。
「門番さん」
「この間の。『星の魔法薬』はもってきてくれたですか」
「あるよ。これでしょう?」
オディールは門番の前に魔法薬の瓶を置く。門番はしばらくそれを見ていたかと思うと、ひときわ大きく跳ねて言葉を発した。
「いいかんじに上出来なのです。交換条件は交換条件です。通っていいです」
「やった! ありがとう!」
「ただし責任はとらないです」
「いいよ、大丈夫」
そうして、門番は飛び跳ねながら茂みの方へと移動していった。放置していて大丈夫なのだろうか、とカンナに聞く。カンナはさも当然と言わんばかりにこう答えた。「魔法生物なら世の中に溢れているからね、一匹増えたところで問題はないよ」などと。どうやら自分が実際にそういう仕事につかなければ見えないものは多数あるらしい。将来的に魔術考古学関連の職に就きたいと思っているからには、こういうものに慣れる必要があるのかもしれない。オディールは少しだけそんなことを考えた。
なんやかんや道は開いた。あとはこの中に入り込んで悪魔の心臓を破壊するだけ。カンナはどうやら史跡の入り口で見張りをしてくれるらしい。何かあったらこいつに伝えてもらえ、とカンナは言った。差し出された使い魔の文鳥を肩に乗せる。羽根のような軽さだと思った。
◇
かくしてオディールは一人、史跡の中を進んでいる。不可視が見える目で見る史跡の中は、小規模な迷路と化していた。門番が「責任はとらない」と言っていたのはそういうことだったのだろうか。
そういう状況ではあるが、この中を進まないことには目的を果たすこともできない。オディールは深呼吸をしてから、目の前に広がる迷路へと足を踏み入れる。さて、どうやって進んでいこうか。どこかで聞いた話だと、右手か左手を壁につけてそのまま壁に沿って歩くという手段もあるらしい。だが、この迷路でも有効なのだろうか? とはいえ、試して見る価値はあるかもしれない。鞄の中から手袋を取り出す。装着した上で破壊のための武器――ナイフを取り出して利き手で握る。反対側の手は、そのまま壁へ。そのまま壁をつたうようにしてオディールは歩きだした。
迷路の中はしんと静まり返っている。他の生物の気配はなく、一人で歩く足音が響く。それから、時折使い魔が羽根を動かす音がするくらい。ぽつぽつと不可視の光源が点在しているようで、周囲の様子を確認できるくらいには明るい。そうして壁をつたいながら歩いていると、行き止まりにたどり着いた。そこにはなにもない。明らかに目的地ではないようだ。小さくため息をついて、オディールは再び壁をつたって歩き出す。
そうしてしばらく歩いているうちに、一つの疑問が湧き上がる。果たしてこのまま歩いていて目的の場所にたどり着けるのだろうか? 悪魔が迷路以外に何かを仕込んでいる可能性はないだろうか? 可能性は、ある。しかし、その可能性を否定したい自分がいるのも確かだ。何の根拠もないが、たどり着けるはず。その直感を信じてもいいのではないだろうか?
やがて、迷路の深い部分まで来たのだろうという感覚を覚える。入り口はかなり遠くになってしまった。気を引き締めなければ。オディールは小さくうなずいた。そうしてふと視線を向けた先に、それはあった。壁の一つに半球が埋め込まれ、それがふるふると震えている。少しだけ刺激を加えてしまえばそのまま弾け飛んでしまいそうなほどに。しかしこういうところに仕込まれているということは、何かの鍵である可能性が十分にある。オディールはそれに慎重に近づく。そうしてナイフを振りかぶり、それを突き刺した。軽く刺しただけだというのに、ナイフはそれの中に深く沈む。慌てて抜き出そうとすると、意外にもするりと抜き出すことができた。そのままそれから離れるようにして下がる。迷路の壁を盾にして、それの様子を見る。いざとなったら使い魔を飛ばしてカンナに助けを求めればいい。そう思いながら、息を殺す。
ナイフの刺激を受けたそれは、ふるふると小刻みに震えだした。そうして傷跡を中心にぷすぷすと音を立てて膨れ上がる。しばらくそのまま震えたかと思うと、それは派手に音を立てて弾け飛んだ。まるで小規模な爆発のように――。
それは先への道を閉ざしていたらしい。それがなくなった壁の向こうには、どす黒い石のようなものが地面から生えるようにして鎮座していた。どくんどくんと脈打つそれには、見覚えしかなかった。悪魔の心臓。壊すべきもの。
一歩近づく。威圧感を感じるが、それがどうした。そう思いながら、また一歩。ナイフを持った腕を振りかぶり、もう一歩。そうして目の前までやってきたと同時に、オディールはナイフを悪魔の心臓へと突き立てた。
◇
悪魔の心臓が破壊されたと同時に迷路は解かれたようだ。壁に邪魔されていた道は、実は広い空間だったらしい。そして、史跡の出入り口への道は、一本道。周りの様子を見ることもなく、オディールは出入り口へと向かう。しばらく歩いていると、肩に乗っている使い魔が羽根をぱたぱたと動かした後に飛び立った。使い魔を目で追うと、出入り口がどうやら近かったらしい。先にカンナに報告してくれるのだろうか。だとしたら、説明が省けて楽かもしれない。そんなことを思いながら、オディールもまた出入り口へと向かっていく。
そうして史跡を出たオディールを出迎えたのは、カンナのこんな言葉だった。
「おつかれ」
「うん」
「さて、これであと一つか。がんばりな」
「うん」
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