21 朝顔

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21 朝顔

 行動できないほどの頭痛じゃなくてよかった。オディールはそう思いながらその日の朝食を取っている。薬の効果が出ているのか、カンナの家にある不可視のものたちがよりはっきり見えるようになった気がする。今まで通りのように見える部分もあるが、これも時間経過でもっとはっきりとしてくるのだろうか。 「カンナさーん、牛乳取って」 「はい」 「ありがとう」  グラスに牛乳を注いで、そのまま一口飲む。昨日から慢性的に続く副作用が、少しだけ緩和されたような感覚がする。ちょっと行動しづらいときは冷たいものを飲むのが良さそうだ、とオディールは思いながら朝食を食べ進めていく。そうしていると、カンナが「そういえば」と話しかけてくる。 「今日はちょっとエン連れて花屋へ行くから、その間留守番頼むよ」 「はーい。何買いに行くの?」 「鈴の国の花が入荷されたらしくて、その話をしたらエンが興味もったからね」 「鈴の国の花?」 「買えたら説明するよ」 「つまり売り切れる可能性もあると」 「入荷量が少ないらしいからね」  珍しいものなのだろう。少なくともこの国では。だから売り切れの可能性も出てくる。となると、気になってくるのはどういう花であるかということだ。とりあえず簡単な情報についてはカンナに聞いてしまおうと、口にする。「夏の花?」と。 「そう、夏の花。ちょっとだけ魔術で咲く時期を延ばしてはいるらしいけどね」 「へえ……」 「あんた今、魔術ってそこまでできるんだとか思った?」 「う、図星……」  アカデミーで学んでるんだったらそれくらいできるってわかるでしょ、と笑いながらカンナが言ってくる。それはたしかにそうだ。実のところ知識として知ってはいても、見たことはあまりないのだが。  そうしていると食事が終わる。とりあえず食器を洗ったら部屋に戻って適当に過ごすと言い、オディールは立ち上がった。  ◇  カンナがエンを連れて買い物へ言ったのは、オディールが自室に戻ったのとほぼ同じ頃合いだった。窓の外を使い魔の足幅を気にせず歩く魔女と、小走りでついていく使い魔の様子が見える。なんとなく力関係が見えたような気がしたが今更のような気もして、これ以上深く考えるのはやめておくことにした。  とりあえずベッドに転がる。頭痛のせいでいつも通りの行動がし辛いという感覚があった。読書をしようにもどこまで読み進めることができるだろうか。絶対どこかで集中が途切れて放り投げてしまうに違いない。そういう予感もあるから、ベッドに転がるのが最善だとオディールは思った。今日は休みだとしておいて、このままカンナとエンが戻ってくるまで昼寝に時間を使うのもいいかもしれない。厳密には二度寝、というなのかもしれないが。そんなことを思いながら、オディールは布団の中に潜り込む。頭痛が取れる気配はなかった。  そうしてその後目を覚ましたのは、昼の十二時を過ぎた頃だった。階下から騒がしい気配がする。カンナとエンは帰ってきているらしい。大きく伸びをして、オディールはベッドから降りる。頭痛は少しだけ緩和されたような気がする。慣れてしまったと言う方が正しいのかもしれないが。  そのまま部屋を出て、階段を降りる。階段の下でカンナが来客と話している様子が見えた。すぐ近くで見慣れない花の鉢植えと、その周りをうろうろしているエンの様子も見える。とりあえず今話しかけやすいエンに話しかけようと、オディールはカンナたちの方へ近づく。途中で目が合った来客には、軽く会釈をして応えた。 「エンくん」 「あ、オディールちゃん。この花! きれいだよねえ!」 「あ、これがカンナさんが言ってた花?」 「そう! アサガオっていうんだって」  へえ。そう言いながら、オディールは花を観察する。中央に立てられた支柱に蔦が巻き付いている。葉とラッパの先端のような花が、飛び出すように咲いている。色は淡い紫色だろうか。なんとなく可愛らしいと思えた。  そうしていると、カンナと来客の会話が聞こえてくる。何を話しているのだろう。思わず耳を傾けた。 「先程も言ったように、この花は耐寒性がないのでこの薬剤を与えるのは今月いっぱいにしておいてください。魔術的なことも扱って羽おりますが、こちらは本業花屋なので。花の季節は尊重したいものでしてね」 「わかりました。同居人たちにもきつく言っておきます」 「ありがとうございます。とりあえずこちらが薬剤になります。おおよそ十日分と紛失したときのための予備を三つほど」 「ありがとうございます」  伝えることを伝え終わったのか、来客は去っていく。しばらく手を振っていたカンナが、不意にこちらを見て言った。 「というわけだから。薬剤は十日分しか使わないよ。いいね」 「はーい」 「うん、それはいいんだけどカンナさん」 「何?」  オディールは鉢植えに目を移す。花が一輪、きれいに咲いている。花の鉢植えを買ってきたということは、それを置く場所も必要ということだ。問題はそれがどこかということ。とはいえ、この件に関しての決定権はカンナにあるだろう。この家の家主はカンナだ。そして、この家に一番くわしいのもカンナである。つまるところ、オディールから言えるのは。 「どこに置くの?」  ということくらいだ。 「そうだね、せっかくだから見やすい位置が良いんだけど。まあ、今のところはリビングか階段下かなって思ってるよ。鉢植えの下に敷く皿も用意してさ」 「水やりのときに役立つアレ?」 「そう、アレ」 「ねー、マスター。この花運ぶんだったら僕に運ばせてよ」 「こけたら危ないから却下。オディール、代わりにあんたが運びな」 「はーい」 「えっ僕信用ない?」  その後、全員で相談のうえで鉢植えをどこに置くかということが決まった。階段の下に場所を作って置く。カンナが言っていた案がそのまま採用された形である。事実、階段は全員が行き来する場所であり、階段下はその際に全員が見る場所だ。そこに彩りがあるのは理にかなっているのではないだろうか。  そんなことを考えながら、オディールはカンナが用意した小机の上(厳密にはそのさらに上に置かれている皿)に鉢植えをおろした。そういえば、カンナによるとこの花は咲く時間帯があるらしい。今は少ししぼみかけているあたり、もう今日の咲く時間は終わったということなのだろう。しかし、明日になればまたこの彩りが見られる。  楽しみだなあ、オディールは小さく呟いた。
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