22 賑わい

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22 賑わい

 目の力が定着した結果、オディールの見る世界は更に賑わいを増した。普通にしているぶんは今までと変わらないが、少し集中すると世界は色を変える。魔術的な物に通じている存在かどうか、それが視覚的にわかるようになったのだ。その目でカンナを見てみれば、世界は暗くだが彼女は明るく見えた。そのことをカンナ本人に言うと、それが目の力であるとのことだった。 「慣れるまでは使いすぎると疲れるだろうからほどほどにしな。とはいえ、これで悪魔を視認できるようにはなったね」 「……この目、悪魔もわかるんだ」 「そうだよ。人に化けていようが、別のなにかに化けていようがね」 「なるほど……」    カンナの言う言葉で、少し考える。なにかに化けていようが、と言っていた。つまるところ、カンナは『悪魔が人に紛れている』可能性を指摘しているのだ。正直、その予感はしなくもない。これまで奴は、手がかりらしきものを置いていっているようなことをしていたが、最後の一つも同じようにするとは限らない。むしろ、今までより厳しいものをしかけてくるのではないだろうか。気を引き締めなければならない。けわしい顔をしながら、オディールは息を吐いた。 「何にせよしばらくは様子見。向こうも完璧じゃあない、尻尾くらいは出してくるだろうからね」 「……尻尾、かあ」 「まあ、不安になるのもわからなくはないけどね。余裕は持っておくに越したことはない」  そのとおりかもしれない、とオディールは顔を上げる。ふと目に入った時計は、午後四時を差していた。徐々に夜が近づいてくる。そういえば、とオディールはカンナに問いかけた。今日の夜は出かける予定がある。ではその前に。 「夕飯食べてから行くの?」 「人混みが多い方がいいなら夕飯食べてからを進めるけど」 「じゃあ帰ってから食べる」 「それが無難だね」  今日は前々から約束していた蛍を見に行く日だ。エンも楽しみでいるらしく、ずっと部屋の中をうろちょろしていたものだから、一旦アトリエに隔離されているそうだ。そう言えばアトリエの前を通りかかった時「開けて~」というエンの声が聞こえたような。  そして、今日は町の東側で夜市が行われる日であるらしい。役場前の掲示板にもそのお知らせが貼ってあるのを見かけた。主な出店は骨董品だとか他国のアクセサリーだとか名産品だとか……要はこの町では比較的珍しいものが売られるとのことだ。カンナ曰く、夜市は町のほとんどの人が見に来るからなかなか混み合うとのこと。しかも、例の蛍がでる川の近くでやるらしい。 「夜市の出店用の傘を眺めるのは好きなんだけどね。形状が面白いんだよ、あれ」 「そうなんだ」 「まあ気が向いたら明日以降見に行ってみな。夜市は五日くらいやるからね」  夜店の出店用の傘とやらを見てみたいような気がした。買い物をするかどうかは別として。とはいえ今日の用事は蛍を見に行くことだ。夜市は通過するだけですませておこう。誘惑はあるかもしれないが。そんなことを思いながら、オディールは目を瞬かせた。  ◇  そうして、夜の帳が降りはじめる。鍵を閉める音を合図に、オディールとカンナとエンは町にくりだした。東側の方にある川を目指して、三人で歩く。普段は夕飯を食べている時間で、これ以降はほぼほぼ外出しない時間だ。片手にランプ、片手に明るい色の傘を手に道を歩く。あたりの家からは部屋の明かりが漏れており、店の方は点々とついているように見える。今日は店じまいなのか、とある店の店舗の明かりが消える様子も見えた。人影はまばらで、皆オディールたちと同じように傘とランプを手に歩いている。なるほど。薄暗い町はこんな光景なのか。オディールは素直に感心した。  しばらく歩いていると、町の東側へとたどり着く。夜市の出店がある区画の入口には鮮やかな装飾が施されており、遠くからでも目を引く様子だ。今の時間帯でも人が大勢来ている様子も見える。たいそうな賑わいだ。正直人が多いあたりを突っ切っていきたくはないが、川はこの向こうだ。しかたない、とため息を付いてオディールは歩きだす。後ろをちらりとみれば、カンナがエンの歩幅に合わせて歩いている様子が見えた。自分も同じようにしたほうがいいかもしれない。そういうわけで、少しだけゆっくり歩くことにした。    そうしてさらにしばらく歩いていると、川が見えてくる。一つかかっている橋の上、雨の隙間を縫うようにして蛍が飛んでいる。この地方特有の種、ようやく見ることができたなあとオディールは感嘆の息を漏らす。 「きれいだね」 「来てよかった?」 「うん」 「マスター! オディールちゃん! あそこ蛍いっぱいいるよ! きれいだねえ」 「あ、ほんとだ」 「いいもの見つけたじゃない」  そうして蛍をしばらく眺めた後、オディールたちは帰路につく。行きと同じように、帰りもまたあの賑わいの横を通っていく。正直行きより混み合っていそうで気が滅入ってくるが、これはもう仕方がないことだ。ため息を付いて、オディールは夜市の横を通っていく。  そうしたところで、違和感に気づく。目がうずいた気がする。なんだろう、そう思いながらオディールは周囲を見回した。何かがいる。そのことに気づくのに時間は要しなかった。シルクハットを被った背の高い男の姿に見える。それは夜市の入り口の近くにいる。それらを認識したと同時に、それは人の賑わいの中に姿を消していった。文字通り、姿を消していった。 「……カンナ、さん」 「見えたね。おそらくは」 「……悪魔」 「だろうね」 「え、マスター、僕たちもしかしてヤバい?」 「今は大丈夫でしょ」  それにしても厄介だね、とカンナがつぶやく。 「あの悪魔は自分の体内にある心臓を破壊しろと言っている可能性がある。しかも上手いこと人間の中に紛れて、ね。最後の最後で難易度あげてきたようだね。向こうも賭けに負けるわけはないってか」 「…………」 「まあ、安心しな。あたしらも手助けする」 「……気圧されてる場合じゃない、か……」 「そうだね、分かってるんだったらいいんだよ」  提示された条件は、重い。だが進んでいかなければならない。課せられたものは、そうすることでしか解消されないのだから。オディールは強く拳を握り込んだ。
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