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04 触れる
時間は過ぎてもうすぐ昼になる前のころ。オディールはカンナの後を追って地下へ続く階段を降りている。朝食のときに言われていたもう一人の居候。それの紹介をしてもらうという名目で。
地下室。カンナの仕事場(カンナは『アトリエ』と言っている)はそこにあるらしい。必要な本を一階から持ち込んで、仕事場でそれを読み、発掘されてきた魔術的遺物の解析を行うのだそうだ。今やっているのは、傘の町からさほど遠くない遺跡で発掘された壺の解析らしい。
「とはいえ急ぎの仕事じゃあないからね。あんたの事情を優先できるってわけ」
「急ぎの仕事じゃないの?」
「そもそもこれ、発掘したのあたし。そして、今やってるのは発掘したものを勝手に解析してるだけ」
「……稼ぎ大丈夫なの?」
「子どもはそういうことを気にしなくていいの」
本と棚と広い作業机。それらに囲まれたこぢんまりとした空間。人が大勢入るには狭いが、少人数なら収まるくらいの広さ。カンナのアトリエはそういう場所だった。棚の足元に置いてあった丸椅子をオディールの前に置いたカンナが、それに座るように促す。素直に従うことにした。
「さて、もう一人の居候を紹介するとか言ったね」
「どこにいるの? 不可視だとしても全然見かけないんだけど」
「まあ、普段依代に収まって寝ているタイプの使い魔だからね。あたしも必要がない限りは起こさないし」
「つまり私が来たから紹介ついでに起こす、と」
「そういうこと」
自分だったら寝かせておいてほしいと思うかもしれない。そう思うオディールをよそに、カンナはすぐ近くの棚に立てかけるようにして置いていた石の板を持ち上げた。中央に大きな水晶のようなものがあり、その周囲に線で模様が刻まれているように見える。
作業机の椅子に戻ったカンナは、それをオディールに見えるように差し出した。
「この中で寝てんの」
「この中で」
「そう、この中で。水晶に触れてみな。そうすればこいつはあんたの言うこともきくようになる」
「いいのかなあ」
「あたしが言うからいいんだよ。ほら、やってみな」
「はーい」
手を伸ばし、指先で水晶に触れた。ひんやりとした感覚が伝わる。そういえばこの部屋は一階よりは寒いように感じる。この水晶は、そういう環境で冷やされているのだろうか。
しばらくそうしていると、指先をぴりぴりとした感覚が走りだした。「あたしが言うまでそのままでいな」とカンナの声がする。叔母はいわゆる第一人者だ。つまり、従ったほうが身のため。それに、これも『言うことをきかせる』ために必要なことなのだろう。たぶん。
時間がすぎる。指先が暖かくなってきたところで、ばちんと音がした。指先をそのままにしたまま、カンナに目を合わせると。「これで大丈夫。手、離していいよ」という答えが返ってきた。
「あとは起こして確認すればいいだけ」
「起こす、ってどうやって?」
「あー、起こすときね。起こすときは水晶をこう」
そう言って、カンナは水晶を指で弾いた。水晶の内側がゆらゆらと揺れたような気がする。そうした上で、カンナは板を作業机に置いた。しばらくして、水晶が光を発する。天井を照らすように放たれた光の中、蛹が羽化するようにそれは現れた。
それは白髪の少年の姿をしていた。肌も、服も真っ白。整った顔は、いわゆる美少年というものに見えた。……ただし、手のひらサイズではあるが。少年はカンナの姿を確認すると、その小さな唇を歪めた。
「ちょっとマスター! もうちょっと丁寧に起こしてくれないかな!?」
「あんたこうやって起こさないと起きないでしょ」
「僕のことねぼすけとか思ってない? それはさすがに失礼だと思うんだけど」
「事実でしょ」
「違いますー! ってマスター、そっちの子は?」
少年と叔母の間の空気感と言うかなんというかが一瞬でわかってしまった。オディールはなんとも言えない表情を浮かべた。
それはそれとして、少年がこっちに気づいたらしい。「どうも」と軽く会釈をしたら、少年は「どうもどうも」と返してきた。
「あ、こいつ?」
「叔母さん、こいつ呼ばわりはやめて」
「やめてほしいならカンナさんって呼びな……ってそうじゃないね、こっちはオディール。あたしの姪だよ」
大人しく叔母による紹介に従っておくことにした。「どうも」と会釈を再び。
「で、こっちはエン。あたしが遺跡発掘にいったら拾ってきた使い魔」
「拾ってきたって言い方酷くない!? 運命的な出会いを果たして連れ帰ったが妥当じゃないの!?」
オディールは察した。このエンという使い魔、美少年の見た目をしているが中身はめちゃくちゃ騒がしい。まあ静かすぎるよりはマシだろう。うるさすぎた場合は、まあその時はその時だ。
「カンナさん、そういえばさっきこの子に私の言うこともきかせるようにしたって言ったけど、試しても大丈夫なものなの? それって」
「あ、そういえばそうだね。試してもらおうか」
「ちょっと待ってマスター。それどういうこと? 僕話聞いてないんですけど?」
「話してないからね。それはそれとしてオディール、適当に指示してみな」
「ちょっとー!?」
適当に、か。オディールは考える。適当といってもあまりにもあんまりな指示を与えようとは思えない。無難でなおかつ、わかりやすい指示と言えば。
「エンくんだっけ」
「そうでーす」
「ちょっと踊ってみて」
「はい!?」
そう指示すると、エンという少年は光の中で両腕を広げてぐるぐると回し始めた。そして足元はバタバタと動いている。彼の中の踊りとはこういうものなのだろうか……。オディールはそう思いつつ、少しだけ申し訳ない気持ちになった。まさかこういう踊りだとは思わなかった。
「あんたのその踊り、いつ見てもトンチキだね」
「違いますー! 古い時代からの伝統の踊りですー!」
「動きはトンチキじゃないか」
「だから違いますー!」
「も、もういいよありがとう」
その言葉が指示となり、少年は踊りをやめる。深呼吸をしている少年と、オディールの目が合った。軽く会釈をすると、嬉しそうな笑顔を浮かべた少年がこう問いかけてくる。
「オディールちゃんだっけ。僕の踊りどうだった?」
「よ、よかったよ」
「やったあ! ありがとう!」
なんとも言えない反応を返した気がしたが、エンは良い方に受け取ってくれたらしい。これでよかったのだろうか。そう思っていると、しばらく自分たちの様子を見ていたカンナが両手をぱちんと合わせて鶴の一声を放つ。
「はいはい、じゃあこれから色々と整えていくよ。今日からやるのは悪魔の心臓を破壊する手段探しだけど……」
「待ってマスター。今なんて言ったの?」
「悪魔の心臓を破壊する、って言ったよ」
「聞いてないんですけど!?」
やはり、前途多難である。オディールは本気でそう思った。
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