9人が本棚に入れています
本棚に追加
05 蛍
傘の町にやってきてから、悪魔と遭遇してから五日目。オディールはカンナに手助けされながら、悪魔の心臓を破壊する手段を探している。カンナ曰く、悪魔に関する話は古い本に記述が多いらしく、そういう本を多く置いてある図書館で調べ物をするのが近道の一つだろう。とのこと。傘の町には二つ図書館があるらしいが、古い本が多くおさめられているのは隣の通りにある古びた図書館だそうだ。
そういうわけで、オディールはここ数日件の図書館に通い詰めている。調べ物、脱線、それから調べ物。そういった具合に。根を詰めすぎるなというカンナの忠告は守れていると、思う。原文ままの古典を読みながら、オディールは一人うなずいた。
読み終わった古典を本棚に返し、オディールは再び資料となり本が置いてある棚へと足を向ける。
調べたことでわかったことがあった。いくつかの本に共通している記述。アカデミーで学んだ範囲の知識で訳したところ、『杭』『朝焼け』と言った単語が見受けられた。自力でできるのはここまでだ。あとはカンナに任せることにして、オディールはメモをとる。それからカンナに渡す資料として、悪魔に関する本を一冊借りた。
調べ物は順調といえるのだろうか? 自分ではさっぱりわからない。こうして集めた知識を活用した結果、悪魔の心臓を破壊することができたら意識は変わるのだろうか。なんにせよ、結果がでてほしい。小さくため息をつきながら、オディールは図書館を出た。
◇
借りた本を濡らさないように、丁寧に布で包んで鞄の奥に入れる。鞄を下げて、愛用の薄い青色で小ぶりの傘をさす。時間帯で雨量が変化するという予測はあながち間違っていないのかもしれないと思いながら、オディールは小雨の中を歩き出す。そういえば帰りに「ついででいいから」とカンナに買い物を頼まれていたし、エンに掲示板の張り紙を確認してほしいと言われていたような気がする。とりあえず、後者から片付けるほうが楽そうだ。水たまりを踏みながら、オディールは掲示板の方へと向かうことにした。
役場前にある大きな掲示板。エンの言っていたことを思い返すと、確認してほしい掲示板はどうやらこれのことらしい。まずは張り紙の数を数えてみた。紙が四枚と、大きなポスターが一枚。確認してほしいのは張り紙だったはず、オディールは小さくそう呟いた。そして張り紙を一枚ずつ確認していく。一枚はとある劇団の公演が諸事情で延期されるというお知らせ。もう一枚は駅前の道を整備するというお知らせ。それから、町立の乗合車がもう一台増えるというお知らせ。そして、川で今年はじめての蛍が確認されたという話題。
地図によればこの町の東側には川があるらしい。行ったことはない。厳密に言えば、行く余裕がない。お知らせ乗っている蛍の種名を見るに、この町ないしはこの地方特有の種がいるようだ。オディールの中で、興味が膨れ上がる。
一方で、「そういうことをしていても大丈夫なのだろうか?」という疑問がわくのもまた事実だ。今は心臓の破壊の手段を探している最中で、まだ破壊に向かう段階ではない。ちょっとだけ自体が進展しているといった具合なのだ。とはいえ、カンナに言えば「余裕も大事」という言葉で一蹴されるような気がする。気がするので、帰ったらカンナに聞いてみようと思った。
◇
「ただいま」
「おかえり、収穫聞く前にお茶にしようか」
「やったあ」
その後は何事もなくカンナの家へとたどり着いた。ちょうど本人がお茶にしようとしていたのか、何らかの空気を読んでお茶をいれてくれていたのか。真相は不明だが、オディールはカンナとお茶をすることになった。リビングのテーブルにはカラフルなティーカップが並べられている。それとおそろいの皿の上には、スコーンが一個とクッキーが二枚。
「カンナさん、このお菓子どうしたの?」
「もらったんだよ。劇場の設備を直した時のお礼だってさ」
「カンナさん、魔術考古学専門じゃなかったっけ」
「そうだよそれが専門だよ、設備の修理とか普通に専門家にやらせろっていう話でさ……」
あ、これはきっと長くなるな。オディールはそう思いながらクッキーを一枚頬張った。魔女という称号を持つ人間は、便利屋か何かに思われることもあるのかもしれない。称号の力とはかくもものすごいものなのか。
空になったティーカップに、ポットのお茶を注ぐ。カンナの愚痴はまだ続いている。適度に聞き流しつつ、オディールはリビングのテーブルのすみを見た。リビングには似つかわしくないものが置かれている。中央に水晶のある石の板、エンの住処とも言えるものだ。そういえば掲示板の張り紙を確認してほしいと言われていたような気がする。今のうちに報告しておこうか。オディールは水晶の中央を軽くつついた。しばらくして光が放たれ、羽化するようにエンが目覚める。
「はいはーい、オディールちゃんどうしたの~」
「頼まれたことはやってきたよ。張り紙の確認でしょ?」
「本当? やった~! で、どうだった? 蛍でたよっていう報告あった?」
「あったよ。張り紙に書いてあった。というか、気になるのそれだったんだ」
「それに決まってるじゃ~ん!」
オディールには、水晶の上で例の変な踊りを踊りだすエンに対して何を言えばいいのかわからない。少し考えた後に口にできたのは、当たり障りのない言葉だった。
「エンくんは蛍見に行きたいの?」
「見に行きたいよ? 行きたいに決まってんじゃ~ん!」
「どうやって行くつもり?」
「あっ」
蛍を見に行きたいらしいエンを外に連れ出してあげたい。声色から察するに、彼は本当に楽しみにしているようだ。
とはいえ、問題はその手段だ。エンの寝床である板を持ち運ぶという手があるといえばあるのかもしれない。だが、オディールはそれの重さを知らない。カンナは普通に持てていたようだったが、自分も同じように持てるかどうかはわからない。カンナはおそらくエンの石板の契約者だ。だから持てているという可能性だってある。実際、そういった機能が備わっている魔術的な発掘品は存在する。それ以前に、魔術的な遺産をほいほいと気軽に持ち出すことはよくないのでは。
そういうことを考えながら、オディールはティーカップの冷めたお茶を飲んだ。カンナの愚痴はまだ続いている。エンはなぜか奇妙な踊りを踊りだした。はあ、とため息を付いてオディールは目を伏せる。何にせよ愚痴が終わってから相談だ。
◇
その日の夜、オディールはカンナから図鑑を借りて部屋へと戻った。蛍の名前を探してページをめくれば、水辺を蛍が舞う光景が描かれていた。傘の町の夜、小雨の中木々の下を飛び回る蛍たちの絵は、とても美しいもの。雨の中を飛ぶこの地特有の蛍、一体どういった光を放つのだろうか?
自分もエンと同じだ。この地特有の種の蛍を、直接見てみたい。
最初のコメントを投稿しよう!