08 こもれび

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08 こもれび

 オディールはその朝、傘の町に異変が起きていることに気づいた。  窓から差し込む日差し。それを浴びながらもぞもぞと布団の上で動いていたが、すぐさま『おかしい』ということに気づいて布団から飛び起きた。そうして窓を開け、オディールは異変を察知する。  雨が降っていないのだ。雨雲ではなく、からりと晴れた青空が広がっている。これは由々しき事態ではないだろうか。慌てた様子で着替えもせずに、オディールは階段をまるで転がるように降りていった。そうして勢いよくリビングに飛び込んだオディールを出迎えたのは、朝食の準備をすませたばかりのカンナだった。 「カンナさん! カンナさん大変!」 「晴れてる、でしょ」 「そう! それ!」  とりあえず椅子に座りな。カンナが言うとおりに、オディールは椅子に座る。この場にいないエンがどこにいるのかをついでに聞いたら、地下室で寝てるとのことだった。  一応席についたとはいえ、すぐに朝食に口をつけるきにはなれなかった。一呼吸置いて、オディールは気づいた異変に関する話を切り出す。 「カンナさん、この町って雨が止むことはないんでしょ?」 「そうだね。この場所には渦みたいなものがあるんだけど、それが雨を降らせる魔力を呼び寄せてる」 「つまり、雨が止むってことは異常事態なんだよね?」 「異常事態だねえ。どっからどう考えてもね。というか、あんたにも心当たりはあるでしょ。なぜ雨が止んだか」 「……悪魔の心臓」 「わかってんじゃん。偉いぞ」    そう言ったカンナが、食事をとるように促してくる。腹が減ってはなんとやら、だそうだ。グラスに注がれた牛乳を一口飲んでから、オディールは微妙に焦げたパンに口をつけた。 「まあ、不幸中の幸いではあるかもね」 「どういうこと?」 「心臓はおそらく『渦の中心』にあるということがわかっているっていうこと」 「わかるんだ……」 「呪詛を撒いた悪魔は撒いた土地にしか干渉できなくなるからね。そして町の天候を変えるほどの魔力の塊といったら……悪魔本体か心臓ってことになるだろうね」 「なるほど……。それで、渦の中心はどこにあるの?」  食事を進める手は自然と止まっていた。カンナの目を見つめるように、オディールの身体は自然と前のめりになる。はいはい、というカンナが自分をなだめるような仕草が見えた。 「この町に時計台があるのは知ってるね?」 「知ってる。行ったことはないけど」 「あたしも一回しか見たことないんだけどさ、そこの最上階に大きな石が収められているんだよ。町の天候を雨で固定している古代の遺産だってさ。管理しやすく、かつ安心な場所として選ばれたのが時計台の最上階だったってわけ」 「つまり、悪魔の心臓を破壊したかったらそこに侵入しないといけないってこと?」  言葉は悪いけれどそういうことになるね。とカンナの声。叔母も自分と同じような認識でいた事に、オディールは内心ほっとした。とはいえ、町の公共施設だ。正規の手段で入ることも可能ではあるはず。具体的な手段についてはまったく思いつかないが。  そうしていると、食欲が自然と戻ってきていた。安心したからだろうか。オディールはカンナのそばにあったジャムに手を伸ばす。ベリー系のジャムをカンナから受け取り、オディールはその蓋をあけた。  ◇  一つ目の心臓の大まかなありかはわかった。となると問題は、破壊の手段である。先日エンと図書館に行った際に得た情報として、『朝焼けで浄化した杭で厄を砕くべし』という言葉がある。その言葉の細かい意味合いの噛み砕きはカンナに任せることにした。自分が辞書などを片手にやるより、専門家に任せてしまう方がずっと早い。  そういうわけで、オディールは今図書館にいる。先日エンに読んでもらった本を手に。それから、他の同じ時代のことが書かれている本を複数。これらを借りて家へと帰る。それが今日のオディールの役目である。それさえやれば今日はもう自由に過ごしていいとカンナにも言われている。何をして過ごすかは役目を終えてから考えよう。正直今は何も思いついていない。  受付で手続きをし、オディールは借りた本を鞄に収めて図書館を出た。通りでは陽の光が降り注いでいる。図書館へ行く道中でも感じていたが、今日は人が騒がしい。それもそうだ、今は異常事態。人々が混乱して騒いでもおかしくはないのだ。  そうしてオディールは帰路をゆく。なるべく早めに資料を渡したい。なるべく早めに悪魔の心臓の破壊手段を導きだしたい。カンナも早めの資料提出を求めているはずだ。だから、早く帰ろう。ここ数日図書館とカンナの家を往復した結果把握した近道へと入っていった。  その道中、ふと街路樹が影を作っていることに気づく。おもむろに顔をあげると、木の葉の隙間から木漏れ日が差し込んでいることに気づく。実家やアカデミーの付近で見るなら、穏やかで優しいと感じるのだろう。だが、ここで見る木漏れ日は異変の象徴であり、早くなんとかしなくてはならない事件だ。置かれている状況でここまでちがうのか、とオディールは小さくため息を付いた。カンナの家まではもうすぐ。  ◇ 「ただいま」 「おかえり。本、借りてきたかい」 「ばっちり。というかこれで大丈夫かな」  帰宅してすぐ、オディールはカンナに借りてきた本を見せた。リビングのテーブルの上に、本を一冊ずつ並べる。その表紙を眺めていたカンナが、上出来だよと言葉を紡いだ。 「資料としては十分だね。あとは解読と解釈なんだけど」 「……よろしくお願いします」 「はいはい。かわいい姪の頼みでもあるからね」  一日かかるけどいいかい。とカンナの問いかけ。うなずくことでそれに返事をした。むしろ一日でどうにかなる範囲なのか、とオディールは思った。カンナは自分が思っている以上にすごい人間なのかもしれない。魔女という称号を持つだけはあって。  解読のために地下へ向かうカンナを見送り、オディールは一人リビングで椅子に腰を下ろしていた。今日はこれから何をしよう。散歩にでも出てみようか。別の図書館へ行って小説なり図鑑なりを借りてみるのもいいかもしれない。そうすることで、結果を待つまでのそわそわとした感情を落ち着けることもできる可能性だってある。オディールはしばし、そう思案した。
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