09 肯定

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09 肯定

 翌日も空は快晴だった。  これは早く心臓を壊す必要がある。とはいえ、手段が今手元にない。オディールが置かれている状況はそういうものだった。カンナいわく今日には解読と解釈がすむと言っていたが、果たして本当にすむのだろうか。叔母を疑っているわけではないが、状況が状況ゆえにそういった不安は常について回る。  階下からカンナが呼ぶ声が聞こえた。ゆっくりと立ち上がり、オディールは寝間着のまま一階へ降りる。途中ですれ違ったエンに「着替えないの……?」と問われたが、適当に笑って答えておいた。そうしてリビングへとたどり着いたオディールは、席についているカンナに出迎えられる。「とりあえず座りな」という叔母の指示に答え、オディールは向かい合う席に腰を下ろした。 「朝食の前にまずは報告から」 「どうだったの……?」 「解読はできてる。解釈もできた。必要なものについては朝連絡を入れて取り寄せてもらうように頼んでいる。早くて今日中には来るとは思うよ。あたしのほうからなるべく早く、って言ったこともあるしね」 「つ、つまりここから反撃開始みたいなかんじってこと?」 「思い切った言葉つかうねえ。まあそうだね、そういう感じだ」  続きは食後にね、と言うカンナが朝食を食べるように促してくる。素直に従おう。報告は逃げるものじゃない。そう思いながら、オディールはグラスに牛乳を注ぐ。カンナがこちらへイチゴのジャムをよこしてくるので、そのまま自分の方へと引き寄せた。「カンナさん、バターもちょうだい」と言いながら。 「はい」 「ありがとう」 「あんたジャムにバターも添えるんだね」 「うちではそうしてたよ」 「あー……姉さんの入れ知恵か」 「否定できない」  そういう些細なことを肯定しつつ、オディールはジャムとバターを塗ったパンを口に運んだ。いつもよりは焦げていないパンが、少し美味しく思えた。  そうして食事を進めている最中、壁にかけられている電話のベルが鳴り響く。カンナが立ち上がって受話器を取る様子を、オディールはゆで卵に塩をかけながら見守った。 「はい、はい。わかりました」  先程言っていた必要なものの話だろうか。そう思いながら、カンナの声を聞く。 「こちらに届けてもらえれば助かります。居候にとりに行かせてもいいんですけど、あいにくまだこの町の地理に慣れていないので」  自分が町の様子を完全に把握していたのなら、カンナは自分をお使いに飛ばすつもりだったのだろう。ということはわかった。姪つかいが荒い叔母である。オディールはそう思いながら、ゆで卵を割ってその半分を口に運ぶ。  そうしていると、電話の受話器を戻す音が鳴る。会話は終わったらしい。カンナがゆっくりと席に戻ってくる。 「なんとなく察したと思うけど」 「うん」 「午後、ちょうど正午過ぎだね。それくらいに必要なものがうちに来る。説明の続きはそれが届いてからにするよ」 「はーい」 「というわけだから、昼は必ず家にいるように」 「はーい。あ、カンナさん牛乳取って」 「はい」 「ありがとう」  カンナの言っていた必要なもの。それは一体どういうものなのだろうか。加工前の素材なのだろうか? 完成品なのだろうか? 棒状? 板状? 想像は全くつかない。とはいえ届いたら説明してくれるとのことなので、その点は安心していいだろう。自分がやるべきなのは、そういうふうに想像することではなく、平常通りに過ごすことだ。一つ目の心臓が破壊できるかもしれないのだから、なおさら。  ◇  そういうわけで、オディールは午前中ずっとカンナの蔵書を読んでいた。読んだのは主に歌劇にもなった小説。そういえばこの小説が原作の歌劇の主役を、昔オディールと言う名前の女優が演じていたとかなんとか。そして親がその女優の名にあやかって自分にその名をつけたとかなんとか……。そういうことを考えた時点で、オディールは自分のことに思考を移す。どこからどうみても一般女子学生。叔母に魔女の称号を持つ人がいるとはいえ、自分自身は一般女子学生。今はそういう自分でも、将来何かをなすことができるのだろうか。まあ、今は悪魔の心臓を破壊して平穏を取り戻すことが優先なのだが。  そうやって過ごしていると、玄関の扉をノックする音がした。それがちょうど十二時を過ぎたくらいのことだった。昼食の準備を止めて、カンナが玄関先へと駆けていく。とりあえずすぐ戻ってくるだろうし、自分は食器を配っておこう。そう思いながらオディールは昼食の準備の方を優先した。  しばらくしてカンナが戻ってくる。細長い木製の箱を手に。それが破壊の手段なのかと問えば、カンナはうなずくことでそれを肯定した。  テーブルの上に箱が置かれる。カンナの手で中身を紐解かれ蓋を外された箱の中から、装飾が施されたナイフ状の刃物が姿を見せた。 「これが?」 「これが。まあ、まずは解釈の説明からしようか」  カンナが言葉を紡ぎ始める。 「手がかりの言葉は『朝焼けで浄化した杭で厄を砕くべし』だね。一つずつ説明しようか。まず『朝焼けで浄化した』は特殊な金属のこと。その記述がある本では、記述の前後にとある金属の話がちょいちょい出てた」 「授業でたまに聞く『祝福された鉄』とかそういう感じ?」 「まあ雑に言えばそれが近いね。次、『杭』。これはエンが単純に誤訳してただけだね」 「エンくん……」 「正しくは『刃物』ないしは『武器』が近い。残りは大体文字通りだね。特殊な金属で作られた武器で、悪魔の心臓のような厄を振りまくものを壊せ」 「なるほど……」  そこまで言って、カンナはナイフのために用意されていたらしい鞘にそれをしまう。そうしたうえで、ナイフをオディールの方へとすっと差し出した。 「というわけだからがんばれ」 「私がやるの!?」 「あんたがふっかけられた案件でしょ、破壊を実行するのはあんただよ」 「いややるけどさ!?」 「それならよかった。じゃあ早速で悪いけど、明日……の昼かな。昼にしよう。昼、三時過ぎに時計台へと向かおうか」    そう言えば一つ目の心臓のありかは時計台の最上階であった。そこで、オディールにちょっとした疑問が湧いてくる。 「カンナさん」 「ん? どうかした?」 「時計台の最上階、勝手に入っていいの?」  一呼吸置いて、カンナの答えが返ってくる。 「そりゃ、答えは単純でしょ。予約をいれてから行くんだよ」 「手堅い」
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