キャラメルの季節

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 職員室に向かう途中も、茉莉は自分が何をやらかしたのかを考えていた。中間テストで名前を書き忘れたとか、それともカンニングを疑われるような解答があったのだろうか。まさか、美術のテストに?もしくは、美術部に関する緊急の要件とか。色々な可能性を考えてみたけれど、それらしきものは思い浮かばなかった。なんにせよ憂鬱、と茉莉は思った。茉莉の通っている私立作並高校の入学パンフレットには、野球部が強いことと、大学の附属高校であること、そして大自然の中にあることが「3本の柱」として全面に押し出されているのを覚えている。高校に通い始めて茉莉が感じたことは、野球部は自分とは関係がなく、大学の附属校ということは在校生にはなんの意味もなく、自然が豊かということは山の中にあって、通学に時間がかかる、ということだった。実際、作並高校は切り立った山の斜面に位置していて、それぞれの教室は山の斜面にそって階段で繋がっている。入学してから数ヶ月は、教室の移動があるだけで翌日、筋肉痛になっていた。作並高校の職員室は、そんな山の一番上に位置していた。職員室の斜面側はガラス張りになっており、校舎とグラウンド、そして野球場を見渡すことができるようになっている。茉莉は監視されているようで、この校舎の作りが好きではなかった。そうでなくても、職員室なんて部屋は小学生・中学生の頃から好きではなかったけれど。  長い階段を登って職員室に着き、呼吸を整えてから、扉を開ける。木下先生は職員室の真ん中あたりで昼食をとっていた。感染症対策として黙食が推奨されているせいか、それとももともとそうであったのかわからないが、職員室はシンとしていて、コピー機の音や紙をめくる音が響いていた。 「お〜、橋本」 掛けられた声のトーンから、茉莉は木下先生が怒っていないことを確認して安心する。もともと、木下先生が怒っているのをみたことは幾度しかなかった。では、なんだろうと訝しげに思っていると、それを察したのか先生は 「いや、ちょっとな」 と声を小さくした。 「この前の中間テストの美術のフリースペースに描いた絵、あれを体育の増田先生がえらく気に入ってたみたいで、ちょっと行ってきてくれるか」 「はぁ」 茉莉は、自分が美術の時間に描いたものと、体育の先生がなぜ結びつくのかがよくわかっていなかったが、とりあえず返事をした。 「増田先生は、窓際の、あの」 木下先生が指差した先には、でっぷりという表現が似合いそうな、初老のおじさん先生が座っていた。職員室よりも、カリフォルニアかどこかのビーチで、サングラスをかけて、大型犬を連れて散歩をしていそうな、そんなおじさん先生だった。マスクにサングラスをかけ、どことなく不審な印象を受けた。  「あ、こんにちは。2年の橋本です。あの」 茉莉が恐る恐る話しかけると、増田先生はにこやかに答えてくれた。 「あぁ、絵の」 そう言って先生は、ファイルから茉莉の美術のテストを取り出した。厳密にはコピーのようだった。 「これ、あなたが描いたんですね」 「はい」 テスト用紙には、素振りをする野球少年が1人、ラフなタッチで描かれていた。もちろん、茉莉が描いたものだった。美術のテストの最後に、「最近、面白いと思ったものを描きなさい」とあった。 「上手ですね」 「ありがとうございます」 増田先生はそう言ってくれたけれど、わざわざそれを伝えようと呼び出したわけではなさそうだった。 「これは、3年の桂君ですか?」 「はい?」 いきなり知らない名前が出てきたので、思わず変な声を出してしまう。 「あの、これは1週間くらい前に、美術室の前で素振りをしていた人がいて」 「ふむ」 たまたま見たその人のバットが空を切る軌跡が、頭から離れなかった。その人がバットを振れば、遠くまで、ボールが飛んでいくような、そんな情景が浮かぶようだった。 「これは、みたままを描いたものですか?」 「基本的には、はい」 「ふむ」 そうして増田先生は考え込むようにして、「ちょっと待っててください」と言って席を立った。直後、増田先生の声で、校内放送が聞こえてきた。 「野球部、3年、桂、3年、桂、至急、職員室まで」 先ほど、増田先生が3年の桂君、と言っていたのを茉莉は思い出した。増田先生が席に戻ってきてすぐ、1人の男子生徒がやってきた。  茉莉が抱いた最初の印象は、デカくて黒い、だった。素振りを見た時は少し遠くから、それも上から覗き込むような状況だったので気が付かなかったが、身長はゆうに190cm はありそうだった。150cm とそこそこの茉莉より、頭1つ分以上大きい。野球部らしく丸めた頭に、ギョロリとした大きな丸い目。その中の瞳に、燃えるような輝きがあった。 「おはようございます」
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