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(……ひでえな)
最初は素手でだったが、そのうち背中を革紐か何かで数度打たれた。客の伊勢屋 清右衛門はおそらく本来は粗暴な性格なのだろうと思う。それを隠しておもてで取り繕っている分、日頃の鬱憤を鳳蝶にぶつける。
わかっているから清右衛門が店に来ると本能的に怯えてしまうのだが、大店の主であり、大事な太客の一人なので、心をこめて尽くすだけだった。
外界からの闖入者であるタケルの武骨な指が、鳳蝶の痩せた背中に傷薬を塗り伸ばしていく。まるで昔にかえったようで嬉しくて、あたたかい気持ちになった。今日はよく眠れそうだ。
(おまえ、無理するなよ)
鳳蝶は背を向けたまま、こくりと頷いた。何も持たない鳳蝶にとって、タケルは自分が自分であるためのかけがえのない存在だった。
「竹ちゃんの方はどう? うまくやってる?」
決して響かないように注意しながら囁く。タケルは耳がいいから口の中に籠もった音も充分聞き取ってくれる。
(あのくそ野郎の話はするな)
「そうはいかないよ。元はと言えば手下の誰かが手伝いを探してるって情報を教えたのは私なんだから」
(それは感謝してる)
久我に近付くには、まずは彼の配下に接触しようと考えた。先手組の同心の一人に雪月亭の客が居て、閨で聴いた話をタケルに告げた。それを元にタケルが自身で調べ上げて、植木屋の庄三にたどり着いた。
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