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それにしても、と鳳蝶は首を傾げた。タケルに会えるのは嬉しいことだが、特段の用事がないのに現れるのは珍しい。加えて、僅かではあるが、ずっと気が乱れている。
「なんかあった?」
尋ねれば、押し黙る。元よりあまり人に頼るような性質ではなかった。
振り向くと、唇を噛みしめてじっと鳳蝶を見ていた。
目が合う。昔と変わらず強い視線だと改めて思った。
背は自分の方が追い越してしまったが、四歳年上のタケルを、今でも兄のように思っている。
(おまえはえらいな)
「なんのこと?」
(この仕事だよ)
突然何を言い出すのかと鳳蝶は目を見開いた。
(嫌な野郎に身体を好き勝手されて文句も言えない)
「それは、まあ」
当然のことだけど、と見つめれば、タケルは悔しそうに顔を歪めた。一体何があったのだろう。
(顔を見に来ただけだから、そろそろ行く。身体に気をつけろ)
あ、と口を開くより前に、タケルの姿はその場からかき消えていた。
鳳蝶の仕事のことなど、それこそ今更だ。六歳で女衒に売られて十歳から客を取っている。えらいもなにもそれしか出来ないし、生きて行くのには仕方のないことだった。
そんな分かりきっていることを口にするなんて、やっぱりおかしい。
タケルの様子に違和感を拭えないまま、鳳蝶は緋色の襦袢で傷を覆った。
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