タケル 1

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 数日後、タケルは師匠の庄三の後に付いて市ヶ谷へと足を運んだ。  この日、現場が近くだったので、二人で一仕事を終えた後、一旦湯屋で汗を流しさっぱりしての道行きだった。  日中はまだまだ残暑が厳しいが、夕刻、日が落ちてくると、明らかに肌にまとわりつく空気が変わり、既に秋の気配がする。  初めて庄三に会ったのが、早咲きの寒緋桜の蕾がそろそろ膨らむかどうか、という頃だった。季節の移ろいは早いものだ。 「なんだよ、おとなしいじゃねえか」  庄三はくるりと振り返り、黙って歩くタケルに笑いかけた。 「固くならなくても大丈夫なお方だから、心配するな」 「……はい」  緊張するな、というのが無理な話だ。  これから、あの久我鉄之丞に会うのだから。  又五郎を捕縛し、命を奪った、火附盗賊改に。  鳳蝶に話した「進展」とはこのことだ。  顔も知らない仇に相まみえる日がこんなに早く来ると思わなかった。勿論そのためにこうして居るのだが、思惑どおりに会えるかどうかも分からなかったし、叶うとしてももっと先になると思っていた。 「本当にガチガチになってるな? 大丈夫だよ。大きく息を吸って、吐いてみな」  ははは、と庄三は機嫌良く笑い飛ばしつつ、タケルが立ち止まって深呼吸するのを待ってくれた。真の理由など知るよしも無く、心からタケルを励ましてくれる。そのことが面映ゆくもあり、心苦しくもあった。  師匠だ弟子だと言っても、通りすがりの人助けから始まった縁の続きだ。引ったくりに遭って往生していた庄三を助けたタケルに身よりが無いと知って、いざというときに困るだろうと面倒をみてくれることになった。情の厚さに又五郎が思い起こされ、時折不思議な気持ちになることがある。  元は又五郎の仇を取るための、久我に近付く第一歩だったはずが、今やすっかり違う感情が芽生えてきた。庄三には出来る限りのことをしようと、にわかではあっても弟子として、誠心誠意尽くしている。  それでも、いや、それだけに、タケルの事情、本当の目的を明かすわけにはいかなかった。
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