① 春のキバ

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① 春のキバ

 せんせぇ、噛んでええ?  なんか知らんけれど、せんせぇの腕が極上に見えるんよ。最高級のフレンチコースのメインディッシュがあたしの前に置かれた感じ。じゅわ、じゅわ、とミディアムの肉を切ると肉汁が溢れでる、あの感覚。せんせぇの肌をぷっつんと噛みちぎったら芳醇な香りがするんかな。そう思うと、今すぐにでもせんせぇの腕を噛んで噛んで、飲み下したくなる。飢えた獣みたいに唾が止まらん。ほら、牙の間をどろりと溶けて唇が濡れてきてるの分かるやろ。こんなに唇が持ち上がるなんて。息が荒くなるなんて。あたしの身体どうしたんやろう。こんなんなるの初めて。  我慢できひんねん。ずっと、ずっと、あたしは我慢してた。教室の中でなんとかこれをださんように、ずっと、ずっと。  めっちゃおりこうさんやったやろ?  せんせぇは、教室の前に立って、統率をとってた。一番初めの学級会とか、せんせぇの「静かに」の一言で、みんな口を閉じた。せんせぇは、教室の秩序を、担任の先生以上にとってた。  書記で黒板に慣れない字を書き連ねているあの子とは違う。  せんせぇは、あたしたちとおない年やのになんで、そんなに冷たいんやろ。春の陽気が窓から差んで、みんな恋愛の話をしてたり、担任の先生が「かっこええ」とか、顔のこと、好きやの嫌いやの言っているのに、せんせぇは、いつもそんなん関係ないところで、みんなを見てる。  やから、「せんせぇ」って個人的に裏でせんせぇのことを呼んでた。  そんなせんせぇだから、みんなせんせぇのことを一歩後ろに下がって尊敬してるんやで。  知ってた?  あたしも、そう。あたしも尊敬してる。  だから、みんなとは違うあたしをどう、見るんか気になる。  指出して。  これだけならええやろ。  そうじゃないと、あたし、教室までこの気持ち持っていきそうで困るねん。  かぷっ。
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