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第二章
手紙で断ったにもかかわらず、早乙女カイリはまた手紙を出してきた。
しかも今度は、お会いして話を聞いてくれませんか、なんていってきた。
もちろん、丁重に断った。
けれど、断るたびに早乙女カイリは、そこをどうか、と手紙を送ってくる。
あまりのしつこさに、私もお兄ちゃんも六花も、目を見張らずにはいられなかった。
とうとう、私たちは奴の執心に折れて、会うことを約束してしまった。
どうせ、会ったって私たちの気持ちは変わらない。
早乙女カイリに一発ガツンと言ってやろう。
私はそう心に決めていた。
早乙女カイリと会う日。
教室の自分の席で帰る支度をしていると、友達のミカが声をかけてきた。
「ねえねえ、清花。今日は早いね? どっか行くの?」
「ちょっとね。用事があるんだ」
放課後の教室は、部活に急ぐ生徒、教室に残っておしゃべりにふける生徒、黙々と委員会の仕事をする生徒、とさまざまな生徒が入り乱れていた。
突然、廊下でキャッと黄色い声が上がった。見ると、クラスで一番華やかなグループの女子たちが群になって歩いていた。私は眉をひそめる。
「あれ? いつもより人少なくない?」
私の声にミカが、ああ、そうそう、とおもしろそうに話し始める。
「今、綾乃ちゃんたちのグループ、分裂してるらしいよー。同中どうしでケンカしたんだって」
そう言ったそばから、いつも一緒にいたもう二人の子が、廊下を通った。
「優奈ちゃんが三組の長嶋君と付き合ってたでしょ。でも、長嶋君が綾乃ちゃんのこと好きになっちゃって、優奈ちゃんに別れたいって言ったんだって。そしたら、長嶋君を盗ったとか盗ってないとかで、優奈ちゃんと綾乃ちゃんの間の空気が悪くなってね。そこで、優奈ちゃんと同中の紗季ちゃんは優奈ちゃんの味方をして、残りの二人は同中の綾乃ちゃんを味方して、ケンカになっちゃったんだよー」
「ふうん」
なんだか面倒なことになっているなあ、と思いながら私はうなずいた。
「ええー! なんか反応うすくない? もうちょっと何かないのー?」
つまらなそうに私をゆさぶるミカの期待に応えて、私はつけ加えた。
「大変なことになってるね」
話はおもしろいけど、正直いって、綾乃ちゃんたちがケンカしているとか、長嶋君を盗ったとか盗らないとか、どうでもいい。私の生活には関係ない。
面倒なことをしているなあ。
この一言に尽きる。
人間とは、どういうわけか、人間関係を複雑にしたがる生き物らしい。
そりの合わない人と無理に友達になって、興味もない話に付き合い、お世辞を言い、引きつった笑みを張りつける。
表では、「親友☆」とか言っておいて、裏ではお互いの陰口を叩く。
どうしてそんなことをしようとするのか、私にはさっぱりわからない。
私みたいに、気の合う人だけと付き合えばいいのに。
私みたいに、可もなく不可もなく、誰とでもうまく付き合えばいいのに。みんなで仲良くすればいいのに。
どうしてそうしないんだろう。
それに、綾乃ちゃんたちはどうせすぐに仲直りする。
何事もなかったかのようにケロッとして、ファッションや人気アイドルの話に花を咲かせるんだ。
私にはそれが怖い。
あの一点のくもりもない、あざとかわいい笑顔の裏には、何が隠れているんだろう。
腹の中では何を考えているんだろう。
どんなドス黒い感情を隠し持っているんだろう。
そんなことが頭に浮かぶと、綾乃ちゃんたちみたいな華やかな女の子たちとは仲良くなりたいとは思えないし、関わりたいとも思えなかった。
何よりも、そりが合わない。
ミカは、はあと大きなため息をついた。
「ほんっと、清花って塩だよね。こんな話、誰だって食いつくのに。ま、そんな清花も好きだよ~!」
「どうもありがとー」
手入れのきちんとされたツルツルの腕を私の腕にからませてきたミカに、私は棒読みで返す。ミカは、つれないなー、と文句をこぼしてから、じゃバイバイ、と手を振って立ち去った。
そっけない態度のせいで、私はよく人から、近寄りがたいと思われてしまう。
そんな私に、ミカはいつも明るく話しかけてくれ、私がつんとした態度を取っても、変わらず絡んできてくれる。
こんなことは口にしないけど、ミカは私にとってありがたい存在だ。
「そろそろ時間かな」
腕時計を見る。ピンクゴールドのベルトで、文字盤に橙色の花が散っている腕時計は動いていない。
この時計は昔、六花と私がおそろいで買ったもの。
二人でコツコツおこづかいを貯めて買ったんだ。
時計の針は、一年くらい前から止まっている。電池切れではないはずなのに。
止まっているとわかっていても、私はつい見てしまう。それが癖になっていた。
教室の時計を確認すると、四時過ぎ。
私はバッグを肩に掛け、教室を後にした。
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