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第四章
帰り道。
夜道を並んで歩きながら、私は手紙を暗くなった空に掲げた。街灯が手紙を照らす。
「こんなの、行くわけないのに」
「私、行こうかな」
それを聞いて、私は目を大きく開き、六花のほうを見た。
「え?」
私の反応に六花はハッとして、顔の前で手を動かしながら、あわてるようにして言い立てた。
「あっ、あのね、ちょっとだけ、ちょっとだけそう思っただけだよ! 早乙女さんがせっかく招待してくれたから。それに、パーティーって憧れるし……」
そんな六花の様子を見て、心の中に黒い雲が生まれた。
どうして言い訳なんかするのかな?
六花はあんなやつのことが気になっているの?
まさか、私から離れたいなんて思っていないよね?
疑問は次々に浮かび上がる。
でも、なぜか尋ねることができなかったし、行っちゃだめ、と反対することもできなかった。
言葉を交わさなくても、お互いのことをわかり合って、気持ちを同じにしてきた私たちの意見がすれ違っている。
連動していた歯車はいつから、少しずつ狂ってかみ合わなくなってきたんだろう。
いや、最初から少しズレていたんだ。
マザーグースによると、女の子はお砂糖とスパイスと素敵なものぜんぶでできているらしい。
けど私はそんなドリーミーなものでできていなくて、生まれ育った環境、これまで接してきたもの、そして六花でできている。
私と六花はとても長い時間を一緒に過ごしてきた。
同じおやつを食べ、一緒に遊び、同じ映画を見て、親にも言えない二人だけの秘密を持った。
同じことを経験し、同じ目線で世界を見ていた。
それらは私の血となり肉となり、〝私〟を形作っている。
一緒に過ごした時間、ビスケット、お姫様ごっこ、お互いに言いあった秘密、腕時計。
すべてが私の身体の一部。
けれど、どうしても一体化できない。
それらは、私の身体をつくる〝要素〟とはなっても、〝私自身〟にはなってくれない。
私そのものにはなってくれないんだ。
今日、改めてそのことに気づかされた。
わかってはいたけど、やっぱり六花は私とはまったく別の人間だし、見ている世界も違えば、感じることも違う。
六花はこれから、私には想像もつかないようなことを考え、私の手の届かないところへ離れていってしまうかもしれない。
六花の隣には私ではなく、知らない人がいるのかもしれない。
六花は六花で、私は私。
私は六花になれないし、六花は私になってくれない。
そのことが、私の心にぽっかりと穴をあけた。
子どもの頃。
お母さんに怒られて、私がしくしく泣いていときに、六花が家に来た。
「せいかちゃん、どうしたの? どこかいたいの?」
私は首を振る。
すると、六花は何やら考え込み、少ししてから、こんなことを言い出した。
「そうだ! せいかちゃんにきてほしいところがあるの」
六花は、泣いている私の腕を引っぱって家を出た。
たどり着いたのは、公園。その公園に来たのは初めて。
公園には、すべり台やブランコのようなありふれた遊具もあるけれど、真ん中には大きな大きな金木犀の木があった。
橙色の花が星の数ほど咲いていて、もう終わりを迎えようとしているのか、ひらひらと舞うように散っていた。
「わあ、すごい!」
私はうつむかせていた顔を上げて、金木犀に見とれていた。
「きれいでしょう? せいかちゃんにみせたかったんだー」
六花は私の隣に並んで、自慢げに言った。
「もう、かなしくないでしょう?」
六花はにこっと私に笑った。
そう、私はいつの間にか泣き止んでいた。
六花のやさしさに胸がいっぱいになる。
六花は、きれいなものを私と分かち合おうとしてくれた。落ちこんでいる私を励まそうとしてくれた。
こんなに心のきれいな子はそういない。
「りっかちゃん、ありがとう」
私は六花の笑顔に応えるように、にっと笑顔を返した。
二人の上に橙色の花が降り注ぐ。絶えず。とめどなく。
金木犀の花吹雪が私たち二人を祝福する。
それから、私たちは日が暮れるまで、くるくる回ったり、花をつかみ取ろうとしたり、地面に落ちた花を巻き上げたりして遊んでいた。
これは、子どもの頃の大切なあたたかい思い出。
今でも、私の心の中に色あせないまま、そっとしまってある。
雑貨屋さんであの腕時計を見つけたとき、私はすぐさまこれを買おうと決めた。
文字盤の上に散る橙色の花が、あのとき降ってきた金木犀の花を私に思わせた。
金木犀の花をガラスで蓋をして時計の中に閉じ込めておく。
あのときの幸せな思い出を永遠に閉じ込めておく。
この時計を身に着けていれば、私はいつでもあの思い出と、六花と一緒にいられるような気がした。
寝ようとしたら、六花が窓際にもたれかかっているのを見つけた。
夜空を見上げているみたい。
ここは住宅街とはいっても東京だから、見上げても、背の高い建物にはばまれて、ちっぽけな空しか見えない。
私は六花の隣に行く。
ちっぽけな空には、キラキラと星が瞬いていた。
「六花、何を考えているの?」
六花は、うーん、と言ってから、そっとつぶやいた。
「清花ちゃん、なんで私って生き返ったと思う?」
お兄ちゃんの作った六花の人形に、突然、六花の魂は宿った。
なぜだかはわからない。
どうして神様はこんなことをしたんだろう?
まったく不思議なことだった。
「さあ、わからない」
二人は何も言わない。
そのとき、あることが思い浮かんだ。
「たぶん、私に会うためじゃない?」
私はちゃめっ気たっぷりに笑う。すると、六花もつられてにこっと笑った。
「そうかな?」
「うん、そうに決まってる」
私たちは、あはははは、と声を上げて笑った。
今のは半分冗談だけど、半分は本当。
六花は死んだにもかかわらず、再び私の前で蘇った。
こんなことってありえる?
これは運命としか言いようがない。
私はそう確信していた。
隣には六花。二人で時間を過ごす。
これが永遠に続けばいいのに。
ここで座って見上げた宝石のような星々は、たしかに私と六花のものだった。
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