愛を望む

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 長いフライトを終えて、アメリカの地に降り立つ。奇しくも20数年前に住んでいた地域だ。拳銃盗難事件という不穏なニュースを渡米前に耳にしたので夫が心配するのも無理はない。しかし、何事もなく会場に着いた。懐かしい異国の地でのライブを堪能する。  ライブが終わり、外に出ると帽子にサングラスをかけたアジア人の男が銃を構えていた。どこかで見たことがある人だった気がした。彼は日本語で死ねと叫んで引き金を引いた。 「愛、危ない!」 私の前に、つばの広い帽子を被り、夏だというのに長袖を着た少女が立ちふさがる。銃弾が少女の左胸に直撃し、帽子が宙を舞った。少女の顔があらわになる。 「エイミー……?」 20年前と全く変わらないあの子が私を庇って倒れた。どうして、私を相棒失格として捨てたはずなのに。彼女は私の前で取り乱したことなんてなかったから、叫び声が大きすぎて彼女の声だと認識できないほどだった。彼女は激痛に顔をゆがめながらよろよろと立ち上がる。 「逃げるぞ! ここにいたら危ない!」 片手で胸を押さえながら、もう片方の手で私の手を取り、人混みを掻き分けて走り出す。後ろで私を狙った男が、 「どうして自分ではなくあの女が」 と日本語で叫んでいた。きっと、彼が脅迫状の犯人なのだろう。  狭い路地裏に避難すると、エイミーはしゃがみこむなり激しく吐血して咳き込んだ。慌てふためいて救急車を呼ぼうとする私を制止する。 「これくらい平気だ。忘れたのか?ヴァンパイアは不老不死だから、死ねない」 「でも、痛いよね?」 「確かに、真夏の直射日光で火傷する10倍はきついな。死んだ方がマシなくらいには心臓がぐちゃぐちゃだし、完治に100年はかかりそうだ。でも、愛が無事で良かった。もう二度と大事な人を失いたくないんだ」 エイミーは私が作詞家になったことを知っていた。SNSを見て、私が結婚していることも、今日ここに来ることも知っていたらしい。上尾愛の手がけた作品は1つ残らずチェックしていると言われた。  私を、身を挺して守ってくれた。作詞家としての私を見ていてくれた。あれほど望んだ再会なのに、幸せすぎて逆に不安になった。 「黛清恵よりも、私の方が大事だって自惚れてもいい?」 泣きながらひどく病んだ質問をしてしまう。エイミーは怪訝な顔をしたが、思い出したように答えた。 「ああ、彼女か。一瞬忘れていたよ。ユニット名はもう覚えていないが、1年も経たずに解散したからね。テレビで顔出しをしろだのなんだの、命令が疎ましくて。彼女は有名になるために私を利用していただけさ。私も愛に嫌われるために彼女を利用したからお互い様だな」 衝撃の事実を耳にする。 「なんでわざわざ嫌われようとしたの」 「君は私より先に死んでしまうから、これ以上一緒にいたら別れが辛くなると思ったから。君を永遠に失うのが怖かった。でも、離れてからも結局君のことを探してしまうなんて矛盾しているな」 「普通に、言えばいいじゃん。そしたら身を引いたのに」 「君の人生は短いから、私への未練で人生を棒に振って欲しくなかった。黛清恵を選ぶ私のことなら確実に嫌ってくれると思った」 私たちは似たもの同士だ。バカで不器用だ。愛することも愛されることも下手で、やっていることがちぐはぐだ。 「それに彼女に親愛の情を抱くなんてことは、いくら同じ時間を過ごそうともあり得ないからね。彼女は歌だけは上手だったけれど、彼女の人間性を好きになることは出来ないから余計なことで思い悩む必要が無いのは楽だった」 私はずっと黛清恵の幻影に嫉妬していた。彼女と生きていくエイミーを見るのが辛くて、動画もSNSも見なかった。エイミーに見つけてもらうのを期待する前に、自分が探しに行けば良かった。 「すまなかったな。あの時ひどいことを言って。許してくれなんて言わないけれど、私は君の詞も君自身も好きだったよ。今更だけど、それだけは信じてくれるか?」 「信じるよ」 エイミーに私の言葉を届けるためだけに死ぬほど嫌いな旧姓を名乗り続けた。突然、エイミーが胸を押さえて、激しく咳き込んだ。 「すまないが、血を少し分けてくれないか。体が痛くて敵わない。血を飲めば多少早く治癒するし、痛みも和らぐんだ」 「いいよ。でも、少しだけなんて嫌だ」 私はずっとエイミーの唯一無二になりたかった。エイミーに愛されることを望んでいた。そして、エイミーを永遠に愛することを望んだ。 「今すぐ、私をヴァンパイアにして」
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