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 二人が最後に向かった先は、アーケード街の屋根の上であった。 「ねえカレンやっぱり降りようよ、怖いって。ていうか絶対こんなところ来ちゃダメじゃん、怒られるよ」 「うるさいなー、バレなきゃ良いんだよバレなきゃ。ほら見てみな、他にいくつも足跡あるでしょ? だからガラス割れたりもしないし大丈夫」  アーケードの屋根は曇りガラスになっていて、その下の商店街をはっきりと見ることは出来なかったが、その光は二人を照らし、人々の喧騒ははっきりと聞こえる。ミヤビにはまるで物語の裏側に入ったような気がした。少し辺りを見渡せば、ビル街や道路、中心街の夜景も見ることができ、絶好の穴場スポットなのだと、カレンは言った。 「はあー、たくさん歩いたね! ちょっとここで休憩だね」  そう言ってカレンはガラスの上に寝そべる。彼女を横目にミヤビは体育座りのまま、あたりの夜景を眺めていた。 「カレン、本当にありがとうね。とっても楽しかった」 「んーどういたしまして。てか何? もう帰る気? シメのカラオケ行くよこれから」  カレンは寝そべったままミヤビの肩を叩く。 「いいね行ってみたい! でもそろそろ帰らなくちゃ。塾が終わる時間だし」 「そっかそっか、そうだね。そろそろお開きか。てか『行ってみたい』って……。ねえあんた、お母さんとでも良いからさ、なんか休日にどっか行ったりしないの?」 「しない…かな、いつも勉強してるよ。それ用に家にアンドロイドいるからさ」 「あーそうなんだ。うちはそんなの高くて買えてない」  そう言いながらカレンはミヤビの腕を引き、半ば強制的に彼女を自分の隣に寝そべらせた。 「ねえ、カレンの家族はどんななの? 編入試験首席で受かったって聞いたから、そっちも相当勉強してるんでしょ? どこの塾行ってるの?」 「塾は行ってないよ。家、離婚して片親だからさ、お金もあんまりないし、弟もいるからね。編入試験受かっても、学費免除になるくらいの順位じゃなきゃ普通の高校に行ってたよ。まあ、まさか首席とは思わなかったけどね」 「そうだったんだ。私の親も離婚したんだよね、そこは似てるね私達。でも独学で勉強ってすごいね。しかも首席だなんて」  空を眺めるとそこには幾つもの星が浮かんでいた。それらがたまに消えたり、それを覆い隠すようなシルエットを見て、あああそこに雲があるんだな、と直接は見えずともミヤビはそう思った。 「まあ、やる気さえあれば何とかなるよ。後は才能かな。ははは。でもそうやって塾で友達と勉強したり、アンドロイドと一緒に勉強したり、楽しそうだなー、私もやってみたいよ。アンドロイドとは仲良くやってるの?」 「まあね。最初の頃は慣れるのに大変だったけど。まあ、仲良いって言ってもどうせプログラミングだけどね。感情がある訳じゃないよ」 「………」  空の端の方には、雲に半分姿を隠した月が浮かんでいた。あれは満月なのだろうか、カレンと話をしながらもミヤビはそんな他愛もないことを考えていた。 「じゃあさミヤビ、私には感情があると思う?」 「え…? そりゃそうでしょ、カレンは人間じゃん」 「そう見えるだけでしょ? 証明はできないよ。解剖とかした所で、それがとーっても精巧に作られた機械かもしれないしね。ミヤビのアンドロイドも、見た目だけは私達にそっくりでしょ?」 「まあそうだけどさ。でも何が言いたいの?」 「感情って言うのはね、他者に依存するんだ。こんな実験があってね」  彼女が例に出したのは、アンドロイド開発における、現在のルーシー達の基盤ともなった感情のプログラミングの実験であった。  アンドロイドの研究チームはある日、『特定の現象を感知すると特定の行動をとる』というプログラミングを一体のアンドロイドに行っていた。『誰かが帽子を取るのを見たら小指を曲げる』等意味のないものも含めて、研究チームが把握しきれない程大量かつ乱雑に。その日、そのアンドロイドを傍にミーティングをしていると、それは起こった。 『そうじゃないよ』  アンドロイドが急にそう言ったかと思えば、彼は立ち上がりついには部屋を去っていってしまったのだ。当然、何らかのプログラムが誰かの発言によって作動した結果ではあるが、そのプログラミングを把握しきれていない研究チームは、当時外見はまだ機械そのものの見た目をしていたソレの行動に、()しくもこう思ってしまった。 『彼には何か気に食わないことがあり、臍を曲げてしまったのだ』 『彼には感情があるのだ』と。  故に感情の本質とは、行動から読み取れる、そこにあるかのように思えるその行動の意図、意思であり、そこに実際に存在する必要はないのだ、と研究者達は結論付けた。  自分がどんな意思を持っていようと、他人は自分の行動を評価してそこから意思を予想することしかできず、自分の本当の意思、感情などは重要ではない。    そもそもそこに感情があるのか、ということすらも。 「ルーシー、だっけ? もしミヤビがそのアンドロイドを優しいと思うなら、彼女は優しいの。私達に感情があるかなんて関係ないんだよ。ミヤビはミヤビの思った通りに感じて良いの。例えばあんたのお母さんがあんたのことをどう思ってるかはわからないけど、私は今日ミヤビといてとっても楽しかったよ。勉強するだけじゃない、ホラー映画が苦手な、ただの女の子なんだなって思った…ってあれ、ミヤビ? 泣いてるの?」  空を見上げたまま、ミヤビは静かに涙を流していた。理由は彼女にもよく分からなかったらしかった。ただずっと彼女は黙って、空を見上げていた。雲が明けたらしく、涙で霞んだその星空はより一層明るく見えた。 「ううん、何でもないの……。ごめんね。そろそろ行こうか、次カラオケ行くの楽しみ」 「うん、そうだね。絶対行こう」  カレンはミヤビの手を取り、二人はアーケードを去った。
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