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バチッ  玄関の戸を開いたミヤビを、母は平手打ちで迎えた。 「あんた…どういうつもりで‼︎」  もう一度振りかぶったその腕を止めたのはルーシーであった。 「ルーシー…。離しなさい。大丈夫、これは犯罪ではなく教育です。命令です。離しなさい」 「……できません、お母様。私にもわかりません、これは一体……。ミヤビ、大丈夫?」  とっさに反応して母を止めたらしく、自分がなぜそういう行動をとっているのか、彼女には分からなかった。 「ミヤビ…? さん付けは? 敬語はどうしたの? あなたまで私の言うことを聞かなくなったの? どうして……どうして……」  母はルーシーに羽交締めにされながら、涙を流していた。鼻水を垂らして叫ぶ母は、ミヤビが今までに見たことがない程に生き生きとしていた。 「今まで……今までずっとやって来たのに……! 一人で……ずっと……! 離せ、離せ‼︎」 「もう大丈夫だよ、ルーシーありがとう」  ミヤビがそういうとルーシーは手を解いた。母はとっさにミヤビに抱きついて泣きじゃくる。 「ねえミヤビ……どうして? ねえどうして! あなたはそんな子じゃない、あなたは、あなたは!」 「……カレンはね、お金がなくて、塾にも行けなくて、普通の中学に行ったんだ。それでも勉強が好きだなって気づいてそれで、自分の意思で頑張って勉強してうちの学校に編入したの。すごいよね、私は勉強を楽しんだことなんて今まで一度もなかった。それであの子はそこまでして入学したのに、新しくやりたいこと見つけたって言って専門学校に行くの」 「それがどうしたって言うの? あなたは違う! あなたは」 「私もね、家庭科とかそういうの大好きなんだ。私達とっても趣味が合うんだよ。知らなかったでしょ、お母さん。……それでね、あの子が昔言ってた『感情は他者に依存する』って言葉を思い出したの。他人の感情は、それが例えAIによるものだとしても気付けないってこと。私達は行動を見て感情を予想してるだけなんだ」  そう言ってミヤビは一度ルーシーのことを見ると、少し微笑んでまた母へ向かって話し始めた。 「逆に言えばそれはね、行動を起こさなくちゃ感情がないのと同じっていうことなんだよ。……今までの私は、あなたの言うことを聞いて、自分のやりたいことを知りさえもせずに生きてきた。でも気づいたの。それじゃあアンドロイドと同じなんだって」  一筋の涙を流して、ミヤビは今一度母の方を向く。 「私はね……ただ、人間になりたかったんだよ」  ルーシーは笑うでもなく、悲しむでもなく、ただ少し驚いている表情をしていた。ミヤビには今彼女が何を考えているのか分からなかった。 「ルーシーも、今までありがとうね。ねえ、私と一緒に来てさ、二人で暮らさない? ……これは命令じゃないよ。ここに残っても良いし、一人でどこかに行っても良い。これからはあなたも、自分で考えて。自分は誰なのか、何をしたいのか」 「………できません。私は……感情のないアンドロイドです」  ルーシーは下を向き、目を擦った。まるで彼女が泣いているかのように。 「できるよ。昔あなたに私達がどう違うか聞いたの覚えてる? 私達は何も変わらないよ。今までも、そしてこれからもね。私にとってはあなたも立派な人間。一緒にちょっとワルなことしちゃう、私の友達」 「………」 「……もうわかったから。もうやめて! ルーシー、お前まで私を置いていくの?」  母が再び叫ぶ。それを聞いてミヤビは笑いながら返す。 「はは、今までただの機械としてしか見てなかったくせにね。……ねえルーシー、あなたのルーシーって名前、どこからもって来たか知ってる? ……人類最初の猿人って言われてる女性だよ」  ミヤビはルーシーをじっと見つめる。 「ねえルーシー、あなたはどうしたい?」 「………私は……私は………!」
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