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──魔女領域から、カラオケ店に戻ると異様な光景が広がっていた。壁を影で出来た小魚が群れをなし、様々な魚の影が泳ぎ回っていたのである。
「……これは一体、どう言う事なんだろうか」
怪事件の原因である『深海の魔女』は、僕たちの目の前で泡のように弾けて消えてしまった筈だ。だからこそ、彼女が死んだのであれば怪奇現象である魔法は無くなる筈なのだが……。
「──ヘェー、まだ魔女の匂いが残ってるぜ?」
全身の再生が終わったヘクセンナハト・マリアが鼻を鳴らして、悪い笑みを浮かべる。
と言う事は、深海の魔女あるいは他の魔女が存在していると言う事だろう。どちらかだとしても、残している後輩が心配で仕方がなかった。
「……で、マリア。君の服は?」
「あぁ? どっか行っちまったよ、熱帯魚にでも食べられたんじゃねーのか?」
マリアはすっぽんぽんであった。小学生くらいのその体は語るのもはばかられるので、見ないように横を向きながらシャツを脱いで渡す。
「とにかく、これを着て欲しい……」
「あー? 今はそれどころじゃ無いのにさぁ、まぁ恥ずかしいのなら仕方ねーな!」
嬉しそうに、クックックと喉を鳴らして笑う彼女。
僕をからかって非常に楽しんでいるらしい、しかし言う通りに渡したシャツを着てくれるのは有り難い。マリアは思ったよりも、僕に気を遣ってくれる。
「──で、だが。魔女を追いたいけど、それで大丈夫だよな?」
今の言葉もだ、マリアは僕が後輩の露草さんを心配している事に気付いていた。だからこそ、彼女は本当にそれで良いのかを訊ねてきたのだ。
「──大丈夫、だと思う。確かに露草さんも心配だ、だけど彼女はスタッフルームから出ていない筈。それなら、魔女を追った方が良いと思うんだ」
「……りょーかい、じゃあ追わせてもらうぜー」
少女は、魔女の残り香を頼りに歩みを進めていく。
廊下を歩きロビーに出て、カウンターを通り越し……スタッフルームの目の前に来ていた。頭が真っ白になっていた、マリアが言うにはこの中に魔女の強い匂いがするらしい。
「──はっ?」
「大丈夫か、栞……? なんだか、顔が変だぜ?」
この中に魔女がいると聞いてしまってから、僕の表情は歪に笑いかけていたと思う。
だって、この中には後輩の露草さんが隠れている。
だったら、露草さんはすでに殺されているか魔女の依り代になっているのだ。可能性としては、その二つが一番高かった。吐き気がしそうだ。
「……なぁ、いったん深呼吸でもしねーか?」
「──入ろう、マリア。一秒でも早く、中の様子を知りたいんだ」
「あ、あぁ……」
きっと僕は呆然としていたと思う。マリアは何も言わずに、スタッフルームのドアを開いていく。ドアの軋む音とともに、深い深い海の匂いが漂ってきていた。
そして、鉄のような痛い匂いも混ざり合って。
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