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「──せんぱぁい、戻ってきてくれたんですね!」
紫色の瞳をした露草さんが、こちらを見て歪な笑みで微笑んでいた。
その足元には大量の泡と、露草さんの体が横たわっていたのである。横たわる彼女の体から、赤い赤い血が流れていて鉄の強い匂いがしている。
「──せんぱぁい、寂しかったんですよぉ?」
「……君は、君は誰なんだ」
横たわる露草 未散の体、それなら目の間で微笑んでいる露草さんは誰なんだろうか。馬の尻尾のようにポニーテールを振りながら、後輩は近付いてきた。
「──っ、離れろっ!?」
瞬間、僕は露草さんに抱き着かれていた。
逃げ出せないように足を絡め取られ、キスをする手前かのような姿勢で抱き着いてくる。すぐ目の前に、露草さんの濡れた唇が見えていたのだ。
「……お前、深海の魔女だなっ!!!」
「──あららぁ、分かっちゃいましたかぁ?」
「露草さん、君が深海の魔女に……?」
その言葉に対し、少女は艶のある笑みを浮かべて顔を近付けてきた。
「──私の名は、クラムボンですわ?」
「クラムボン、それが君の……」
クラムボン、確か宮沢賢治の作品に出てくる名前。
正体が分からず、一説では泡のような存在じゃないかと聞いた事がある。目の前の露草 未散、いやクラムボンは満面の笑みで口付けをしてきていた。
「なっ……!?」
マリアが驚き、その顔を赤くしていた。死地をくぐり抜けた割には、そんな所は初なんだよなぁ……と笑いそうになる。
だけど、それはクラムボンが許してくれなかった。
露草さんの顔をした彼女は、舌を入れるとよだれを流し込んできたのである。小さな泡とともにネットリとしたよだれが、僕の喉を潤し侵食していく。
「──っは、栞は私の物なのよぉ……?」
勝ち誇ったかのように微笑むクラムボン、そんな彼女に抱き抱えられながら膝から崩れ落ちていた。
「しおりっ!?」
「──あーららぁ、私の泡を飲み干しちゃったわねぇー?」
身体に力が入らず、全身が今にも泡になって弾け飛んでしまいそうだ。そんな、ふわふわとした幸福感が身体を包んでくれている。
この幸福感に包まれたまま、眠れたら良いのに。
「──寝たら、ダメだ栞っ!!!」
マリアの叫ぶ声が遠くから聞こえてくる、確か隣に居たはずなのに遥か遠くに聞こえる。
「……せんぱぁい、私の唾液がまだまだ欲しいですかー?」
「あ、ぁ……」
露草さんの蕩けるような甘い言葉に、頭が支配されかけていく。先程の唾液が、脳の奥をバチバチと刺激して唾液をもっと欲してしまう。
「──栞、戻って来いっ!!!」
それと共に断罪少女の声が響いて、その誘惑を断ち切ろうとしてくれる。
しかし、僕はクラムボンの腕の中で動けずに絡め取られてしまっている。いや、露草さんだっけ? どちらでも良くなってきたけど、彼女は涎を垂らしてきた。
「せんぱぁい、そんなに可愛くて可哀想な露草ちゃんが好きなんですね? ……嫉妬しちゃうなぁ」
目の前の露草さんはポツリと呟くと、そのまま涎をタップリと垂らして落としてくる。それを待つ僕の姿は、エサを待つひなみたいだろう。
「──栞っっっ!!!」
「……これで、私の物ですよ。栞さん」
もう、終わりだ。
僕と言う存在は、露草さんと幸せに暮らしていく存在になっていくんだ。そんな、退廃的で幸福感溢れる想像が頭をよぎっていく。
「……でも」
でも、駄目なんだ。魔女の最期を看取るまで、僕は幸せになっちゃいけないんだ。家族を殺された復讐じゃないけど、そう決めたんだ。
──だから、マリア助けて欲しい。
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