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「──マリアは攻撃出来ません。でも、代わりに私が貴方を救わせて頂きますっ!!!」
その声と共に、露草さんは殴り飛ばされていた。
膝をついて倒れそうになる僕を、金髪をの修道女が抱き締めてくれていた。豊満な胸の感触が、意識させられて恥ずかしい。
「……お久しぶりですね、栞さん?」
「……フランチェスカ、さん」
「えぇ、栞さんと仲良しのフランチェスカ・リオルネッテですよ!」
フランチェスカ・リオルネッテ。彼女は、マリアの相棒で優しいお姉さん。でも、障壁が張られていた筈なのにどうやって……。
「──その事については後で、今は貴方の身体に沈み込んだ祝福を解きたいと思います」
「……フランチェスカ、あれを使うのか?」
「えぇ、私が貴女のサポートに選ばれたのも、この能力の為ですから……」
マリアとフランチェスカさんが、なにを話しているか分からない。だけど、二人が必死になっているのは分かった。
フランチェスカさんが僕を横たわらせ、白い手袋を外していく。色白のその右手には、魔法陣のようなものが刻み込まれていたのだ。
「──私はマリアと違って、一つしか魔女の因子を適合出来ませんでした。でも、与えられたそれは『解除の魔女』の能力。だから、その力を使います」
……彼女はその右手を自身の口内に入れて、唾液をまとわせていく。それは、非常に淫靡でいやらしかった。と共に、先の展開が読めてしまう。
「まさか、フランチェスカ……?」
あのヘクセンナハト・マリアも顔面蒼白で、オロオロとしながらフランチェスカさんの行動を見守る。
「だいほうふでふよ、わはひにまはへて……」
「──あ、あぁ」
何も言えなくなったマリアは、そのまま様子を見守る。出来れば、この状況から助け出して欲しかった。
そして、フランチェスカさんは唾液でトロトロになった右手を、僕の口内に優しく入れて舌を手で触る。と詠唱を始めていた。
「──解除の魔女の名のもとに、この者に与えられた祝福を解きなさいっ!!!」
光が放たれ、身体の中から小さな泡が浮かんでは弾けて消えて言ってしまう。それは、儚い儚い泡沫の夢のように。
……すると、僕の身体は徐々に脱力感がなくなってきたのだ。
「……うご、けますね?」
多少だけども、筋肉に力が入りよろけながらも立ち上がれたのである。フランチェスカさんの方を見ると、恥ずかしそうにハンカチで右手を拭いていた。
「栞っ、良かったなっ!!!」
「──マリア、心配させてごめん」
「べ、別に心配してないからなっ!?」
「はいはい、じゃれ合いはそれくらいにしておきましょう。……深海の魔女が睨んでいますよ」
──深海の魔女、クラムボンは僕達を睨み付けていた。僕達と言うか、隣のマリアとフランチェスカさんに深い深い憎悪の意志を表していた。
「……私のせんぱいを、栞さんを。許さない、許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さないからぁっ!!!」
その瞳は狂気に染まっていて、露草さんの姿だが異様な恐怖が纏わりついていた。
苛立ちを抑える為なのか、親指の爪をガリガリと噛み続けて、右足を何度も音を鳴らしていたのだ。
「……あらあら、後は頼みましたよマリア?」
「──あぁ。断罪兵器、ヘクセンナハト・マリアの名において。今度こそ、確実に確殺して強制的に処刑してやるよっ!!!」
不敵な笑みを浮かべると、マリアは左手の中指を第一関節までゴリゴリと噛み千切っていたのである。
肉を抉り、骨を砕き、口の中にある中指を吐き出して少女はその右手に握り締めていた。大きく膨れ上がり、細く鋭くなったその黒い刀を手に持つ。
「断罪執行──『漆黒の一閃』っ!!!」
居合斬りのような構えで、その黒刀を握り締めるマリアに、クラムボンは呪いの言葉を吐き出していく。
「……クラムボンの名において、私の愛しい愛しい小魚達よ。その断罪兵器の少女を喰らい尽くし、殺したまえっ!?」
クラムボンの叫びと共に、廊下や天井の壁から影で出来た魚達がマリア目掛けて、勢い良く飛び出してきたのである。
しかし、マリアは動じずに鞘を抜いていた。
「──漆黒の一閃、斬り終えたぜ」
彼女が動いた様子はなかった。しかし、影の魚達は切り落とされて液体と化していた。と同時に、クラムボンの右腕が斬り伏せられていたのである。
一閃、その早業で周りの魚とクラムボンの右腕を斬り落としていた。
「……これは」
「──これが断罪執行、『漆黒の一閃』ですね。居合斬りと言う態勢からしか攻撃は出来ませんが、その一撃はなによりも早くて重いんですよ」
隣に立つフランチェスカさんが、事細かに説明してくれていた。
「そうなんですね、漆黒の一閃……ですか」
厨二病的で心震える武器である、なによりも居合斬りでしか攻撃出来ないのがポイントが高い。
そんな事を呑気に考えていると、マリアは再び居合の姿勢を取り始めていた。そして、右腕を斬り落とされた魔女はフラつきながらも左手を前に出す。
「──そんなチート、あって良い物じゃないわよっ!? 殺して、殺して、必ず栞を取り返してやるっ!」
「はっ、やってみろよ! ……もう一度、斬り伏せてやるからさ」
瞬間、クラムボンは動き出していた。
周りを漂う赤い泡を弾丸のように発射し、マリアに牽制すると共に自身は走り出す。その左手には、三本槍が握り締められていた。
だけど、もう終わっていたのだ。
「──漆黒の一閃。今度こそ、もう終わりだよ」
赤い泡もクラムボン自身も何もかもを、乱雑に斬り落としていた。左手も胴体も、足も首も斬り落とせる所を全て……。
「が、ァ、あぁァァァァァァァァァァっ!?」
斬られた傷から赤い泡になって飛んでいく、そのまま天井にぶつかって弾けて消えてしまった。何度も何度も、天井に赤いシミを作っていく。
──クラムボンは、血の涙を流していた。
「わ、私の体が……せんぱいが……栞が……」
そして、最後の泡が浮かんでいくと、僕の目の前で弾けてしまっていた。
クラムボン、深海の魔女の本当の名前。彼女も僕に執着していた、僕を愛し愛されようとしていた。歪で異常なその愛情。
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