第一話『深海の魔女は底を見渡す・上』

3/3
4人が本棚に入れています
本棚に追加
/15ページ
 ──溺死体、こんなカラオケボックスでだ。 「……全く持って、嫌になるよ」  言葉を吐き出しても、外の強くなる雨の音でかき消されてしまう。こんな個室の中で、溺死と言う自殺方法はもっとも難しいとしか言いようがない。だからこそ、警察を呼ぶよりも先に彼女を呼ぶことにした。  ポケットからスマホを取り出し、彼女へ電話を掛ける。少しの着信音の後に、その少女は出てきてくれた。 『──何なんだよ、いったいさぁ?』  眠たそうなあくびと共に少女──ヘクセンナハト・マリアは出てきてくれていた。時折、あくびを噛み締めているあたり、微睡んでいたのであろう。 『……で、どうしたんだよ。こんな時間に?』 「どうしたもこうしたも、僕のアルバイト先で事件が起こったんだ。男女3人組が溺死体で発見された、辺りには怪しげな小瓶が3つ。それと口の中には、熱帯魚らしき生き物が泳いでいるんだよ。──この異常としか言えない事件、君の考えを聞きたいよ……断罪のマリア」  一息つき、断罪の少女──ヘクセンナハト・マリアからの返事を待つ。  断罪兵器、いわゆる魔女殺しであるマリアに電話を掛けたのは、ほぼこの事件が魔女が起こしたものと感じていたからだ。この電話は、憶測を事実にするための電話である。 『──まぁ十中八九、魔女による仕業だろうなぁ? その個室は密室、溺死するだけの水を持っていく訳にはいかない。自殺するなら、もっと簡単な方法を取るだろうよ。しかも、あからさまに置かれている怪しげな小瓶がチェックメイトだ。だからこそ、オレはその事件を魔女の仕業だと確信するぜ?』  電話先で、マリアは自信満々に「ニタァ」と笑みを浮かべたような気がした。 「やっぱりだったか……」 『おおかた、お前に注目されたくて起こしたんだろうな? その3人組は、魔女の信者だと思うぜ』 「最悪だよ、本当に。……そう言えば、この店から出られなくなってたよ。スタッフルームに同僚が避難しているから出来れば、早めに助けに来てほしい」 『りょーかい。3分で着くから、その場から離れるんじゃねーぞ』 「──頼んだよ。僕の命は保証されているとは言え、被害をこれ以上増やしたくないからね」  ヘクセンナハト・マリアがやって来るまでに、魔女について思い返してみる。魔女はほぼ少女であり、人智を超えた異常な能力を持つ。そして、僕という人間に執着し、行く場所行く場所で事件を起こしてくれる。非常に迷惑でしかない存在だ。 「……3分か、何かしら食べておけば良かったなぁ」  深いため息を吐き出してしまう。小さい頃から、僕は不可思議な現象に巻き込まれやすい人生だった。しかし、魔女と呼ばれる原因と相対したのは卒業式の日であった。それから、行く先々で魔女と出逢い事件を起こされては、教会や警察にお世話のなったのである。  お陰様で、警察の方々とは嘆いたくなるほどに仲が良くなり、最近ではお中元や誕生日のプレゼントまで贈ってこられるのだ。両親が居ない僕としては、嬉しいけども複雑な心境でしかない。 「どーーーーーん、呼ばれて飛び出てマリア様だぜーっ?」  その時、ガラスが割れるかのような音とともに、少女が飛び入って来たのである。  星月が映り込む深海に沈んでいるかのようにたゆたう長く青みがかった黒い髪、深淵に飲み込まれたと思う程に暗い中に赤い宝石が浮かぶ瞳。それに星空や月が一切無い夜空を現した様な黒いワンピース。そして、白い大理石の様な美しく艷やかな肌に、鮫のようなギザギザとした白い歯を見せて笑うその少女。  僕を護衛する少女であり、魔女を殺す断罪兵器の少女──それが、ヘクセンナハト・マリアであった。 「思ったよりも早かったね、大丈夫だったの?」 「大丈夫だったぜ? 魔女障壁なんか、簡単に突破してやったよ。酸素ボンベ無しで、海に潜るよりも簡単だった」 「そっか、それなら良かった。それで、死体を見る?」 「そりゃあな、見ないとどんな魔法かも分からないしな。……面倒くせーけど、仕方ねー」  心底、面倒臭そうに呟くマリア。彼女を案内して、くだんの個室へと入る。すると何故か、水溜まりが出来ていたのである。 「水溜まりなんか、無かったはずなのに……」 「そんな事、どうだってイイだろ?」  そんな事を言いながら、マリアはズカズカと入って辺りを見回す。小瓶の中の匂いを嗅いだり、被害者のカバンをあさり始めていく。 「徹底的に、痕跡を消されているな。……しゃあねーか、検死の時間だ」  彼女は鼻歌を歌いながら、女性の死体に近づくとその口の中に手を突っ込んでいた。水飛沫をあげながら、その手に赤い熱帯魚を捕まえていたのである。  マリアの手の中で、ピチピチと跳ねる熱帯魚。 「やっぱりな、この魚が溺死の原因だぜ?」  そう言われ、女性の口の中を覗いてみると水がみるみる間に引いていくのであった。それは、まさに魔法のような出来事であり、マリアの手から水が溢れ出していたのだ。 「……じゃあ、この熱帯魚が魔法の条件なのかな?」 「そーだろうなぁ、この魚が基点として水が溢れ出るようになってると思うぜ。まぁ、この魚は潰すけどな?」  グチャッと言う音とともに、握り潰された赤い熱帯魚。それは液体となりマリアの手のひらから溢れ落ちて、血のような「紅色」は床に広がり汚してしまう。 「──と言う事は、残りの二人も熱帯魚経由で溺死したと」 「そうだろうな、転移魔法の一種だと思うぜ。宿主の生命エネルギーを動力源とし、延々と水を流し続ける簡単な装置だろうよ」 「なるほど、それが今回の事件の原因なのか……」  頭が痛くなってしまう。  魔女達が何を目的として、こんな事件を起こしていくのかが分からない。この何の変哲もない僕のために、ここまで異常と思われる事件を起こす理由が理解できない。  その間に、ヘクセンナハト・マリアは二度三度と熱帯魚を取り出しては、その手で握り潰していた。青い液体、黄色い液体となり、紅と混ざり合っていく。 「……掃除する羽目になるの、僕なんだけどなぁ」 「どーせ、辞めさせられるんだから大丈夫だろ? それよりも、さっさと魔女を特定して断罪しようぜー」 「はぁ……はいはい、今回はどうするつもりかな」 「──この液体に誘導してもらうぜ?」  そう言うと、マリアは色々と混ざり合い濁った液体で床に魔法陣を描き始めていく。左手にはいつの間にか、魔法の参考書が開かれていて、その本を参考に魔法陣を描き記していく。  マリアは魔女ではない、魔女を断罪する存在なのである。 「あーして、こーして……」  呟きながら円を描き、その中に小さな円を加える。  そこから更に記号や図形を書き記していき、最後にその小さな親指の薄皮を噛み千切り、自分の血を加えていく。それで、即席の魔法陣は完成していた。 「さて、断罪の魔女の名を借りて魔女を裁こうか。──断罪の魔女"オルトラント"の名において、この異常なる事件を起こした卑劣な魔女の元へ連れて行けっっっ!」  すると、魔法陣から波間のきらめきのような光が溢れ出し、僕とマリアを包み込んでいく。海に漂っているかのような浮遊感とともに、僕の意識は途切れてしまっていた。 第二話『深海の魔女は底を見渡す・中』へ続く
/15ページ

最初のコメントを投稿しよう!