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先生が笑って、生温い空気がふわふわと震えた。
「謙遜するな。一人で勉強してるじゃないか。エライよ」
優しく細められた瞳が私の顔に向けられている。子供扱いされてることに変わりはないけれど、それでも私だけに向けられた言葉だって思うから、蕩けた脳みそは喜んでしまう。ああ、馬鹿だ。本当に馬鹿。顔の筋肉だってだらしなく緩んでるし。駄目だめ。これじゃあ先生に似合う大人の女性にはほど遠い。
私は仕切り直しをするみたいにコホンと小さく咳払いをして、マスクの中で唇を尖らせた。
「私、馬鹿だからさ。授業だけじゃ解らないんだよ」
「こら。自分のことをそんな風に言うな」
「だって。馬鹿は馬鹿だもん」
頭が良ければ授業内容の質問もできるし、宿題で躓いたときの質問だってできる。それで「お、長谷川。分かってるな」って先生に認められるじゃん。他の子たちには分からない大人な会話ができるじゃん。そこから関係が発展するかもしれないじゃ……
「長谷川っ」
妄想から現実に引き戻す鋭い声にハッと顔を上げた。少しだけ細められた茶色い目がまっすぐこちらを見ている。あの写真フォルダの中の、毎日眺めている生真面目な顔みたいに。
「……」
私はその視線から逃げるように、消し跡の目立つノートに視線を落とした。するとダサい紺のシャーペンがやけに目に付いて、勉強ができないのはこのシャーペンの所為かもしれないなんて、また思考が現実逃避を始める。
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