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先生はもう一度「長谷川」と言った。
「軽々しく自分のことを馬鹿なんて言うな。長谷川は馬鹿なんかじゃないよ。先生はちゃんと分かってるから」
いつもの調子に戻った声が、そよ風みたいに優しく流れてくる。大人な声——先生の声。子供の頃一年中使っていたお気に入りのタオルケットみたいな、ふわふわしてて、柔らかくって、ずーっと包まれていたい——そんな声。
「長谷川はちゃんとエライんだから、な?」
マスクの顔がちょこんと首を傾げた。私なんかよりずっと大人なのに——そもそもおじさんだっていうのに——何、その仕草。可愛すぎる。もしかしたらくしゃっとしたほっぺのシワは、見せて歩くには犯罪級の可愛さだから隠されているのかもしれない。マスクって奴はウイルスは防げなくてもこういう仕事だけは真面目にするんだから。
(私、先生のこと……)
ぬくぬくとしたタオルケットから顔を出し、口を開こうとしたその瞬間……
「長谷川は、俺の自慢の生徒だよ」
無防備な耳に低い声が届いた。
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