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「違うよ」
私は引き攣る頬を押さえ、前髪の中に瞳を隠した。
「亜沙実に誘われたから。今日はやっぱり帰る」
「そうか。遅くなるんじゃないぞ」
「ガキじゃないから大丈夫だっつーの」
私は机の上のものを流し込むようにして、一気に鞄に詰め込んだ。早く大人になりたい——そんな気持ちも一緒くたに鞄の中。
「じゃあね」
立ち上がって鞄を肩に掛ける。
「気をつけてな」
「「ばいばーい」」
振り向くこと無く蒸し暑い廊下に出た。今日もブラバンの間抜けな音が聞こえてくる。
「和菓子屋なんて似合わないっつーの」
先生じゃ無い先生なんて。
じわじわと歪む廊下に目を擦れば、マスカラの黒いフィルムがパラパラと手にくっ付いた。
「先生のバーカ……」
乱暴に詰め込んだノートと教科書が鞄の中でガッサガッサと音を立てている。折角のT大、折角の偏差値六十二。私が手に入れられないものを簡単に捨てちゃうんだから、先生は馬鹿だ。大馬鹿者だ。
——店で買い物するときにどっちが安いかとか、さっと計算できるだろう。
そんなこと言ってたけど、本当は先生も数学が苦手に違いない。だって「先生っていう天職」と「似合いもしない彼女の家を継ぐ」っていう二つの選択肢を正しく計算できなかったんだから。答え間違ってるし。
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