門前通り

1/2
11人が本棚に入れています
本棚に追加
/13ページ

門前通り

 今度こそ、お断りしよう。  そう決心した私は、ほの赤く色づき始めた紅葉を見上げ、寺の門前通りに佇んでいた。    夏の終わりの閑散とした静かな平日。  少し離れた場所から、午前11時半を告げる梵鐘(ぼんしょう)が鳴り響く。    体の細胞の隅々まで染み渡るような、やわらかい響き。  どんなに気持ちがざわざわしていても、この音を聞くたび心が体の真ん中に納まっていくから不思議だ。   運動会学年対抗リレーの代表選手から、初めて外された小6の秋。  友達と喧嘩した本当の理由を、母に言えなかった中2の夏。  親友に彼氏を取られた高2の冬。  そして一年前、長年付き合っていた妻子持ちの人を別れ話の末、おもいっきり平手打ちした時もそうだった。  みっともなく萎れた顔で、ここで鐘の音を聞いては、ぺしゃんこになった心を何度も奮い立たせていた。    それから半年を過ぎたころだったか、友達に半ば強制的に一人の男性を紹介される。  その人とは、友達を間に挟んで何度か一緒に食事をしたことがあっても、2人で会うのはまだ3度目。  今日は、その3度目のデートをここでする事になった。  電車で1時間以上かかる町に住むその人からすれば、駅からさらに離れた場所に位置するこのお寺なんて、とんでもなく遠いはずなのに、何故か私の住むこの町が良いという。  市の文化観光課の職員でもある私に、ぜひこの場所の魅力を教えてほしいのだと。
/13ページ

最初のコメントを投稿しよう!