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久竜生さんの大きな下駄は、どっしり大地を踏みしめ前を向く。
私の小さな下駄は、少し恥ずかしそうに内股気味。
それぞれを見比べていると、彼がやさしい声色で言う。
「君はもっと自分に自信を持っていい。十分魅力的だから。もっと堂々と自分を表現したらいい」
「堂々と自分を?」
「でも俺は、君のその控えめなところにも惹かれたんだけど」
「久竜生さん....」
「いやさぁ、君の世話好きな友達が前もって教えてくれたの。君が前に付き合ってた人が、大企業のお偉いさんだったって」
「えっどういうこと?」
「君が相当痛手を被って凹んでるから、俺に剣道強豪校の顧問の威厳を振りかざして、君を立ち直らせてほしいって。良い友達だな!」
「えぇ..私、何にも知らなかった」
友達が久竜生さんを、かなり強引に推した理由を今初めて知って嬉しくなった。
その友達は、私に結んだ髪を切り落とされた
中学時代の同級生だ。
彼は口の端をにぃっと上げて、少しおどけてみせる。
「それでさ、今流行りのパパ活ってヤツかと思って。そういう話は俺も職業柄、滾っちゃうからさ。一体どんな勘違い女か来るのか、苦い説教の一つでもとくとしてやろうと思ったの。でも、実際会ってみたら‥‥イメージとは全然違う印象でさ。ほんと、面食らったわ」
淡々と流れていた彼の口調が、次第に静かになっていく。最後のほとんどは、自分に言い聞かせるように。
「面食らうだなんて‥‥そんな」
さり気ないまた彼の告白に、じんわり心に何かが広がっていくのを感じた。
それはとても温かい、陽だまりの中にいるような。ただ嬉しくて、また涙が込み上げてきた。
久竜生さんはそんな私を見て、困ったような顔で微笑むと私の頭のてっぺんに、ポンと手を乗せる。
「ほんと泣き虫だなぁ。まぁ、またイチから仕切り直すかね。これから下駄のペアルックで、サボテンのソフトクリームでも食べ行くか?」
私は頬を拭いながら、うんうんと頷くので精いっぱい。
それから彼は、今度は真剣な眼差しを向ける。
「それともう一つ提案なんだけど。ここから、ゆっくり歩いてみない?」
「えっ?」
彼は立ち上がり、大きな手を差し出して続ける。
「できれば、俺と一緒に」
私は素直に頷いた。きっとこの人ならと、とても自然に思えた。
彼の言葉を噛みしめるように大きな手を握り返すと、彼はまた力強く私を引き上げる。
私達は再び参道を歩き始めた。
夕時を知らせる寺の梵鐘が、また鳴り出した。
夏の終わり。
門前通りに吹く風は参道に並んだ紅葉達を秋色に染め、道行く人の間を吹き抜けていく。
それは今、追い風となり私達の始まりの鐘を静かに鳴らす。
おわり
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