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四.回廊を逃げる
玄奘は黒犬姿の沙羅を抱いて回廊を走った。沙羅は玄奘を、寺の奥へと誘導した。ひとまずどこかに身を隠し、地下牢に閉じ込められている八戒と悟浄を助け出そうと沙羅は言った。
「目は全く見えないんですか?」
「段々見えるようになってきてるわ。まだ色と輪郭がぼんやりしてるけど」
甘州の市民は袈裟泥棒よりも時折起こる突風に悩まされていた。その突風は、風にあたった者の目を傷め、中には視力を失う者もいるという。
偶然街を通りかかった道士が、怪風による眼病に効くという目薬の作り方を教えてくれたので、街の薬屋は我も我もとこぞって目薬作っている。
また、怪風が吹くようになってから、甘州では失踪者が続出しており、市内では少なくとも二十人を越える人間が姿を消しているとのことだった。
沙羅と悟浄と八戒はこれらを妖魔の仕業と睨んで、市内を探っていた。しかし二日前、八戒が騒ぎを起こしたことで、逆に妖魔に見つかってしまったのだという。
「あの色魔め。湯屋の女風呂を覗いて大騒ぎになったのよ」
忌々しげに、沙羅が舌打ちした。
豚の姿で? と訊ねかけた玄奘だったが、いや、豚の姿なら騒ぎになどなっていないな、と考えを改めた。おそらく、他の何かに化けたのだろう。そして、夢中になり過ぎて変化が解けた。そんなところだろうと思った。
沙羅の視力が落ちた原因は、黄風大王という妖魔の怪風をもろに顔面に浴びたせいだった。しかも、仲良く三人そろって、風の餌食になったという。
「黄風大王? 黒風怪ではなかったんですか」
「複数いるのよ。この寺にいる妖魔の殆どは、黄風大王の妖軍なの」
袈裟泥棒は黒風怪。
怪風は黄風大王。
人さらいは黄風大王の妖軍。
このように、実行犯はバラバラだった。
廊下を曲ると、白虎の頭をした妖魔と蜂合わせた。
玄奘は沙羅を抱えたまま尻を下に滑りこむと、妖魔の股の間を潜りぬけた。そしてまた、走り出す。
「やあやあ我こそは虎先鋒なり! 三蔵め、我が両刀から逃げられると思うなよ!」
虎先鋒と名乗った白虎の妖魔が、二振りの赤銅の刀を抜き、擦り足を速めて追ってきたので、玄奘の肩ごしに顔を出した沙羅が火を吹いた。
火ダルマになった虎先鋒は「あちいあちい」と悲鳴を上げながら、近くの池に飛び込んだ。
「次の敵が来たら、あたしの口を向けなさいね。火ぃ吐いたげるから」
沙羅が事もなげに言った。
なんだが、物凄い凶器を抱えている気がする。
どうかこれ以上妖魔に蜂合わせませんように。玄奘は菩薩に祈りながら、身を隠せる場所を探した。
その後、妖魔を二匹ほど火ダルマにした玄奘と沙羅は、廊下の突き当たりに来てしまった。偶然そこにあった部屋に飛び込む。
そして玄奘は、室内の様子に息を飲んだ。
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