金角・銀角

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三.金と銀 「玉龍(ぎょくりゅう)!」  玄奘(げんじょう)は気絶したままの沙羅(しゃら)を抱きかかえると、白馬を呼び寄せた。  沙羅を鞍に乗せて逃がそうとしたが、そこにつむじ風が割り込んでくる。  つむじ風は二人と一頭を吹き飛ばすと、砂地に溝を作りながら空へと舞い上がった。  玄奘の手を離れ地面に落ちた沙羅は、後頭部をしたたかにぶつけた。 「あ~っ、いったぁぁぁい」  衝撃で目を覚ましたのか、沙羅が後頭部を押さえながら痛みに(もだ)えた。  手を当てている部分から察するに、不幸にも傷と同じ場所を打ったらしい。  これは痛い。痛くない訳が無い。  己も転ばされながらも、玄奘は思わず顔をしかめた。  沙羅と目が合う。沙羅はその長い睫毛(まつげ)に縁取られた両目を大きく見開くと、「後ろ!」と叫んだ。    玄奘はとっさにうつ伏せになると、両手を軸に体を回転させ、旋花火(ネズミはなび)のような動きで後方に蹴りを放った。  攻撃は風の中を通過するだけかと思いきや、つむじ風をとらえた右脚の(すね)が、確かな手応えとともに中のものを蹴り飛ばす。  何かいる!  しかも、玄奘が蹴ったのは二つ目のつむじ風であった。形が正位置だったのである。  ならば自分達を吹き飛ばした逆さの風は、今どこなのか。  素早く体を起こした玄奘は、一つ目のつむじ風を探して視線をめぐらせる。  一つ目のつむじ風は、青空を背景に静止していた。やはり形は逆位置である。そこに、二つ目のつむじ風が合流した。  飛びながらじゃれ合う鳥のようにお互い位置を変えつつ、二つのつむじ風は中を舞う。そして、助走をつけるが如く一旦後退すると、そこから一気に玄奘へと突っ込んできた。 「せいやっ」  玄奘の両肩に手をかけて跳躍した沙羅が、玄奘の頭を飛び越えながら二つのつむじ風に直線的な蹴りを放つ。  沙羅の蹴りを受けて後ろ下がりに飛んでいったつむじ風は、水分が欠乏した固い大地に小さな穴を二つ作ると、地面にぶつかった反動を利用するように勢いよく上空へ舞い上がった。 「あれもあちらの世界から?」 「そうじゃなければなんなの」  玄奘は沙羅と背中合わせに構えながら、早口に短い会話を交わした。  上下非対称な二つのつむじ風が、断崖(だんがい)の頂きに舞い降りる。  風の装甲が糸を(ほど)くように外されてゆくと、中から金色と銀色の甲冑(かっちゅう)をまとった二人の巨漢が現れた。  二人とも側頭部に(よろい)と同じ色の大きな角を持っており、金色の角は右に、銀色の角は左と、これもまた、対照的な位置にある。  二人の腰には鞘に収まった大刀(だいとう)が差されており、これもまたまた鎧と角と同じ色の房飾りが付けられていた。  まるで双子のようだと思いながら、玄奘は金銀二人の巨漢を見上げた。  ふと、金色の装いをした妖魔の腰に、銀色には無い赤いものを見つける。瓢箪(ひょうたん)のようだった。 「ワシは金角大王(きんかくだいおう)!」「ワシは銀角大王(ぎんかくだいおう)!」  金色と銀色が腰に手を置いてふんぞり返り、順番に自己紹介をした。  一国の将軍のような、実に傲然(ごうぜん)たる態度である。  あちらでは名の知られた妖魔なのだろうか。 「知ってますか?」 「知らない。でも変な匂い」  沙羅は構えを崩さず鼻をひくひくと上下に動かし、しきりに匂いを嗅いでいる。 「ワシらは悟空と盛り比べをした豪の者である! このたび雪辱を果たそうと参上つかまつった! いざ尋常に勝負せよ!」  剣を抜いた銀角が、玄奘と沙羅に剣先を向けながら大音量で口上を述べた。  何の盛り比べをしたのか玄奘にはさっぱり分らなかったが、この二人があちらの世界で悟空に負けたのは確かである。  再挑戦(リベンジ)を誓い、わざわざ世界線をまたいで来たようだが、残念ながら悟空は不在だった。 「悟空はここにはいません」  不在を告げると、 「ならば貴様らが相手せよ!」  と銀色が勝負を求めてきた。  さあ困った。  いかにもといった豪傑二人を相手に、丸腰同然の自分や負傷中の沙羅が勝てるとは思えない。  ここは沙羅だけでも逃がさねばと、玄奘は頭に傷を負っている女妖魔の名を呼ぶ。 「沙羅。玉龍に乗って、悟空を呼んで来てもらえませんか」 「嫌」  即座に拒否された。 「あたしの頭殴ったの、あのバカ猿なんでしょ。あんな奴に助けを求めるくらいなら、舌噛んで死ぬわよ!」  まさに犬猿の仲である。  玄奘は大きくため息を吐きながら、首を横に振った。  玉龍が走って行った。沙羅を待たず、悟空を呼びに行ったようである。  こうなれば、玉龍が三人を連れて来るまで沙羅と二人、持ちこたえるしかない。  玄奘は腹をくくった。
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