金角・銀角

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五.瓢箪に吸い込まれる  まだまだ付き合いの短い間柄ではあるが、玄奘は、悟空が自分の預かり知らぬ所で『おっしょさん』が危険な目にあわされる事に、猛烈な怒りを感じるのだと学んでいた。 「悟空は怒ると手がつけられません。怪我をする前に退散して下さい!」  これまでの戦いで悟空の腕っ節の強さを体感していた玄奘は、金と銀の妖魔に振り向き、忠告する。  これはただ、玄奘からの温情だった。  しかし金角と銀角は、「「はっ!」」と笑い捨てる。 「悟空は猿の姿に戻る際、妖術の殆どを仏界に落っことしてきておる」 「勝負するなら今じゃろうが」 「何故それを」  玄奘は驚愕した。  悟空本人でさえも、妖術が使えない原因を解明できていないというのに。何故この二人が妖術を失った背景までを知っているのか。    玄奘の疑問に、金銀二人は答えなかった。早速、悟空への攻撃を開始していたからである。  銀角が、何やら真言のようなものを唱えた。  すると、断崖の一部が欠け落ちたのであろう大岩が、ガタガタと音を立てて動きだす。 「それ悟空! 覚えておるか。『移山倒海(いざんとうかい)(山を移し海を傾ける)の術』じゃ! 受けてみよ!」  銀角が丸太のような右腕を悟空に向かってぶるんと振るうと、大岩もその動きに合わせて飛び出した。 「だっはっっはっ! てめえの術も貧弱になったもんだな!」  悟浄と八戒が驚き目を丸くしている前で、悟空は余裕綽々(よゆうしゃくしゃく)と笑った。 「あっちの世界じゃ山三つくらって 顔面の穴という穴から血を吹いてぶっ倒れたけどな、大岩くらい軽いもんじゃーい!」  どうやら以前の闘いでは、岩どころか山を投げつけられたらしい。それでも死なず勝負に勝ったという。  それは凄い。誠に凄いが――  どうにも何か、ひっかかる。  玄奘は、こちらに向かってくる仲間の姿に、謎の不安を感じていた。  見落としているのだ。大事な何かを。  玄奘は沙羅を渾身の力で押し返しながら、その『見落とし』部分を必至に探った。  そして、見つける。  そうだ。悟空は今、玉龍の頭に乗っているのだ。  大岩をくらった場合、悟空は大丈夫かもしれないが―― 「いけない悟空! 避けなさい!」  玄奘は叫んだ。  だが悟空は、玄奘が避けろと言った理由を分っていない。どすこいとばかりに飛んできた大岩を、当然とばかりにその細い猿腕で受け止める。 「ひゃっひゃっひゃっ! 平気平気ホレわっしょーい――ベッ!」    悟空がご機嫌に笑いながら大岩を両手で支えた瞬間、重量に耐えきれなかった玉龍の前脚がボキリと折れた。顔面から地面に突っ込んだ玉龍は、悟空ともども大岩の下敷きになる。  玉龍の背に乗っていた悟浄と八戒は、テコの原理が働き前方へ大きく弾き飛ばされた。 「「あーっ!?」」  そのまま断崖の真ん中あたりに激突する。  人間であれば身が潰れんばかりの勢いで岩場に衝突した二人だったが、やはりそこは妖魔である。地面にぼとりと落ちると、痛そうに呻きながらも寝がえりをうった。 「何しに来たのよ間抜け!」  沙羅が二人に罵声を浴びせた。  さて、岩の下敷きになった二名はどうなったかと目をやると、悟空が両腕と背中で大岩を支え、玉龍を脱出させようとしていた。  とりあえずどちらも命の心配はなさそうである。玄奘は胸をなで下ろした。    しかしホッとしたその瞬間、つま先が地面を滑った。 「あっ!」   瓢箪の吸引力に抗う力を失った玄奘は、沙羅を抱えたまま瞬く間に吸い寄せられる。 「あああ!」「あいやーっ! おっしょさーん!」  沙羅の悲鳴に重ねて、悟空の絶叫が響く。  大岩を放り投げた悟空が、玄奘向かって走りながら両腕を伸ばす。  玄奘も悟空に片手を伸ばした。  しかし、二人の指先はあと少しのところで、お互いに届かず空を切った。
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