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四．悟空、派遣される
「お前達を遣わす世界は、仏の加護が届きにくい代わりに、人の精神が大きく物事を動かすのです。故に充満している『気』が、こことは大きく異なります。覚悟して、御役目に励むように」
「ちょっと待った！」
悟空が慌てて釈迦如来を制した。
「オイラ、まだ行くとは言ってませんよ。勝手に話を進めないでもらえませんかね」
「そうだよ～。またブタになんなきゃなんないなんて、酷い話じゃないですか」
「ワシもようやく仏界での生活に慣れてきたというのに、また地上に落とされるというのは――」
悟空の文句に続き、八戒と悟浄も異界行きを渋り始めた。玉龍までが、悟浄に続いてこくこくと頷いている。
三蔵が、不甲斐ない弟子達を叱りつける。
「お前達！ 仏でありながら慈悲の無い事を申すでない。お前達は、難儀をしている人を見捨てるというのですか！」
「「「俺らが一番難儀してますけど！？」」」
三蔵の説教に対し、弟子三人がコーラスで反論した。
生前に地上で何度も繰り返した懐かしいやり取りが、釈迦如来の前で繰り広げられる。
八戒が鼻息荒く、三蔵が手に持つ身の上書をバシバシ叩いて主張する。
「大体このおっしょさん、めちゃめちゃ強いじゃないのよ！ 俺達なんかいなくても、普通に天竺、行けるんじゃあないの？」
悟浄が同意のしるしに頷いた。
「杖一本で盗賊を撃退した経験もあると書かれております。むしろワシらがいては足手まといになるのではないかと」
「そうそう。あんたみたいなモヤシとは全然違ぇみてえだし」
「おだまりなさい！！」
悟空からの揶揄を最後に、三蔵がとうとう大声を出した。
足元に漂う雲を吹き飛ばす勢いで、三蔵の怒声が仏界に響き渡る。
釈迦如来と尊者二名は平然としていた。しかし、三蔵の弟子三名は、鼓膜を破らんばかりの勢いで耳をつんざいた大喝にたまらず、耳を塞いだ。
耳に手の届かない玉龍は、もろに音波を浴び、よろよろと宙で身をくねらせる。
「都合悪くなったら怒鳴るのやめてもらえませんかね！」
「仏界はね、声がこう、でーっかく拡散されんのよ？ 分ります？」
悟空が両手の人差し指を耳の穴に突っ込みながら抗議し、八戒も声の広がり具合を両腕で大きく表現しながら、被害をアピールした。
三蔵は釈迦如来の前でしでかした粗相を恥じて顔を赤らめながらも、仏になっても変わらない弟子達の怠慢ぶりを窘める。
「妖怪達の好きにさせれば、異界の仏教が潰えると如来様が申したであろう。そのような事になれば、唐の都で救いを待っている人々はどうなるのです！」
弟子達は実に面倒くさそうな顔で師匠の説教を聞いていたが、反論はしなかった。
釈迦如来はそれを『合意』と受け取って、微笑む。そして、今度は右に控える迦葉尊者から、袱紗に包まれた縦長の物を受け取ると、先程の身の上書と同じように差し出した。今度は、悟空が受け取る。
「異界でこちらの世界の者を見つけたら、この御札を貼りなさい。あるべき場所に戻れます」
悟空が受け取ったそれは、金の梵字が書かれた赤い札の束だった。人間の大人の額に張れば目と鼻を覆いつつ顎まで届くくらいの大きさである。
悟空はそれを、袱紗ごと懐に仕舞った。
次に釈迦如来は、異界の玄奘には彼の旅路と出会いがあり、その縁を邪魔してはならない旨を注意した。
「誰とどこで出会い、どのような旅路をたどるかは、その紙に書いてあります。御札ともども、けして失くさぬよう注意してください」
悟空達が頷くと、釈迦如来は微笑んで右手をスイと掲げた。
一陣の風が巻き起こる。
弟子三名の体が風に乗り、ふわりと浮かんだ。
悟空は目を丸くする。
「え、もう行くのかよ！ こっちにも準備ってもんがぎゃー！」
「ちょっと待て玉龍、お前も来るのだ！」
悟空が悲鳴を上げ、悟浄が逃げようとする玉龍の尾っぽ掴んだ。
「異界への道はこちらで閉じるよう手を尽くします。お前達は、玄奘の旅を妖怪達の魔の手から守り、牛魔王の企みを阻止するのです」
「頼みましたよ！ 悟空、八戒、悟浄、玉龍」
釈迦如来と師匠の声に送られながら、三人と一匹は生前の姿に戻りつつ、異界へと落ちて行った。
こちらも妖魔軍団同様、力づくではあったが、牛魔王の一蹴りよりはマシな旅立ちであった。
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