第7章 御伽噺じゃない

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当主である父を立てて興味深げに発電所に関するあれこれを聞きかじり(これに関しては建前じゃなく本気で興味津々だったんだと思う。その証拠に社交辞令ではなく、実際に彼は数日後に発電所を見学する約束をその場で取り付けた)、いかにも気難しい懐に入るのが難儀な相手、すなわち母に料理や裁縫の苦労ややり甲斐、食材資材の調達の難しさや逆にこの集落ならではの住み心地の快適さに至るまであっという間に気持ちよく喋らせるのに成功した(この話題についても、ちゃんと本当に関心があったんだろう。普通の家庭の日常について機会があればいつか内部に入り込んで取材したい、と前々から漏らしてたから)。 そして、その二人よりずっと世間知らずでかなりちょろい相手。つまりわたしの妹の麻里奈に対しては、いかにも下心のある異性としての存在感を強調するアピールは一切せずに物分かりのいい頼れる話題の豊富なお兄ちゃん。としての側面をこれでもかとばかりに惜しげもなく披露して、あっさりとティーンの小娘の心を魅了するのに成功した。赤子の手を捻るより簡単、とは。なるほど、こういうことか…。 「どう、高橋さん?うちの娘が作ったオムライス。味足りなくない?」 そういうマイナスの訊き方から…。といつもながらの母の話の持っていき方にちょっとイラッとするけど、わたしが自分で尋ねるとしても多分そういう風に訊いちゃいそう。 家族や夏生なんかには評判いいメニューだけど。そもそも外から来た人の味の好みや常識がわからないし。 母はそれでも、娘に好意らしきものを抱いてると思しき(母目線で)将来的にどうにかなる可能性のある男性に対して、あんまりわたしをディスっても…と思い直したのか。珍しく気を遣って表現を言い換えた。 「今日の出来は結構いい方だと思うけど。高橋さんのお口にこれが合うかどうかだから…。集落の外でも。いろいろと美味しいものも、あるんでしょうね?きっと」 「これより?そんなことないでしょ。卵も新鮮だし、ケチャップも本物だし。世紀末みたいな修羅の世界にこんなちゃんとしたオムライス、あるの?」 うちのお姉ちゃんのお手製メニューの中でもこれは、近所でも評判の渾身の一品だよ。と珍しく麻里奈も言葉に出して褒めそやす。どうやら今日は家族みんなしてお客様の前でわたしをプッシュしまくる覚悟のようだ。…いや、それはそれとして。とわたしは照れ隠しに知らん顔でスプーンをせっせと口に運ぶ。 今日のオムライスがこれまでの中でもなかなかいい感じに仕上がってるのは事実だ。だから褒めて、とは思わないけど(何故なら、この人の普段の言動からして。美味しかろうがまずいと感じようが、お客として招ばれた時点で出てきた料理はいい感じに絶対褒める。ってのは既にわかりきったことだから)、ちゃんと口に合って美味しいと感じてくれたらいいな。と内心で願う。 彼がにっこりと感じのいい笑みを浮かべ、オムライスを掬ったスプーンを持ち上げて深く頷いてみせた。この時点ではまだ、口先で調子を合わせてるだけなのか。それとも本心から出来を称賛してくれてるのか、なまじ数週間一緒に過ごしてその完璧なバリアの張りっぷりを知ってるわたしだからこそ。どちらとも判断がつかない。 「…本当に美味しい。変な風に聞こえたら申し訳ないけど…。僕らが頭に思い浮かべるきちんとした本物のオムライスそのもの、って感じです」 「え、ほんと?」 向こうが褒め言葉のつもりで口にしたかどうかわからないけど。わたしの胸の中でぱあっと花が咲いて、思わず顔が綻んだ。 「それは…。結構、嬉しいかな。あの、TVのドラマとかアニメで見るよくある普通のオムライスってどんなのなんだろうってずっと思ってて。料理の本とか借りてきて頑張って再現してみたんだ。ケチャップもあるし卵も新鮮なのが手に入るから。こんな感じでいいのかなぁ、って手探りで試行錯誤して…」 「別に大戦前の旧文明のレシピ完コピである必要ないのに。お姉ちゃんって無駄にこだわりすごいんだから。これで充分美味しいよ、いつも通りに」 普段全く料理をしない食べるの専門の麻里奈が呑気な声でそう言ってくれる。高橋くんは頷いて、興味津々なのを隠そうともせずに熱心に自分の皿を突きながら独りごちた。 「…ていうか。これってちゃんと本物のケチャップ使ってるんだね。集落で作ったもの?トマトを大量に煮詰めて…」 関心そっちか。まあ、高橋くんの立場だったら。それぞれの食材をどうやって調達してるか、その方が気になるだろうな。 「トマトが一斉にたくさん出来ちゃう季節には、もちろん煮トマトにして保存するよ。けど防腐剤不使用だから。密閉しててもそんなには持たないんだよね。通年使ってるやつは、資材倉庫で大量にまとめて冷凍されてるのを少しずつ出してきて。ちびちびと、大事にね」 「市販のケチャップまで冷凍してあるんだ。もしかして、マヨネーズとかも?味噌や醤油は?」 テーブル越しに身を乗り出してきた。そういえば今日受け取ってきた配給の中には、その辺の調味料は入ってなかったか。
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