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十五話
使用人に案内されクラウスとルーフィナは中庭へと通された。すると此方に気付いた焦茶髪のガタイのいい男性が近づいて来る。
「遅かったな、クラウス! って、その後ろにいるのってまさか……」
「妻のルーフィナだよ」
クラウスがそう言った瞬間その場の視線が一気に此方に集中した。そして何故か一様に驚いた顔をしているのは気の所為だろうか……。
何とも言えない空気にルーフィナは一瞬怯みそうになるのをグッと堪えて一歩前に出た。
「初めまして、ヴァノ侯爵の妻のルーフィナです。どうぞお見知りおき下さい」
ドレスの裾を持ち上げ会釈をする。すると先程の男性がルーフィナを覗き込む様にして暫し凝視すると笑った。
「近くで見ると益々可愛いな! いや〜これはやっぱりクラウスには勿体無過ぎるな」
「アルベール、貴方って人は挨拶一つまともに出来ないんですか?」
豪快に笑うアルベールの後ろから呆れた顔をした眼鏡を掛けた細身の男性が歩いて来ると、ルーフィナの前で立ち止まった。
「初めまして、ヴァノ侯爵夫人。私はこの屋敷の主人のラウレンツ・ドーファンです。本日は妻の為に御足労頂きありがとうございます。是非楽しんでいって下さいね。それと不躾な友人が失礼致しました。あぁいった輩は無視して下さって結構ですので」
丁寧に頭を下げて挨拶をしてくれたラウレンツは、とても物腰が柔らかく優しそうな人だ。だが最後の一言はアルベールをチラリと見ながら嫌味ったらしく話しており苦笑してしまう。
「妻を紹介致します。此方が妻のコレットで……」
彼の妻を紹介して貰っていると更に後から女性が此方へと近付いて来た。
蜂蜜色の波打つ長い髪とヘーゼル色の切れ長の目の美しい女性はルーフィナを見て微笑む。
「初めまして、カトリーヌ・ミシュレです。クラウスの奥様とお会い出来るなんて光悦だわ。私達、クラウスとは昔馴染みなの。後この子は私の息子でレオンよ」
「初めまして、レオン・ミシュレです」
カトリーヌの後ろから現れた少し癖っ毛の蜂蜜色の髪の小さな男の子は、恥ずかしいのか挨拶をすると顔を赤くして彼女の後ろに隠れてしまった。だが気になるのか母親と同じヘーゼル色の大きな瞳を見開き少しだけ顔を覗かせている。
(か、可愛い……)
まるで天使の様だとルーフィナは胸がときめいた。
◆◆◆
先程、ラウレンツの妻コレットが入手したとされる珍しいお茶とやらが披露された。
三センチ程の緑の玉をカップに入れ上から湯を注ぐと、まるで魔法の如く花が開いた。これは確かに珍しい……レアンドルのみならず、初めて見る光景にアルベール達も感嘆の声を上げる。ふと隣で座っているルーフィナを盗み見ると強張っていた顔は少し和らいでいた。珍しいお茶と聞き、彼女が喜ぶかも知れないと思ったが予想通りだ。まあ彼女が喜ぼうが自分には関係ない……。
「それにしても驚いたな、お前がまさか奥方を連れて来るなんて」
「本当ですね、一体どんな風の吹き回しですか? 次からはお連れするなら事前に知らせておいて下さい」
あれからお茶会は滞りなく進み、今は各々寛いでいる。円卓のテーブルをクラウスにアルベール、ラウレンツにカトリーヌが囲み少し離れた花壇の前にはルーフィナとコレット、レオンが座り込み談笑しながら花を鑑賞していた。
(……あんな顔もするんだな)
「おいクラウス、聞いてるのかよ」
(……花が好きなのか)
「クラウス?」
(そういえば、さっきもカップの中の花をずっと見ていたな……。花か……やはり女性に贈るなら、薔薇だろうな……いや、僕は別に彼女に贈ろうとか思っている訳じゃ)
「ねぇクラウス」
「なっ⁉︎……カトリーヌ、一体何のつもり」
いきなり視界が遮られたかと思えば、代わりに鼻先が触れそうなくらいの距離にカトリーヌの顔があった。クラウスは目を見張り、直ぐに顔を顰める。
「だってアルベールやラウレンツが話し掛けてるのに、ずっとぼうっとして聞いていないから」
「だからってそんなに顔を近付ける必要はないだろう」
「あら、知らない仲じゃないんだからいいじゃない」
クスクスと笑う様子に揶揄っているのだと分かる。更に調子に乗った様子で自分の座っている椅子をクラウスの椅子の真横にズラすと身体を寄せてきた。
「……離れてくれ」
「やだ、クラウスったらほんの冗談なのに怒らないでよ。私達の仲じゃない」
彼女はたまに酔いが回ってくるとこうやってクラウスに絡んでくる事があるが、素面の時は初めてかも知れない。
それにこれまで絡んできたとしても適当に遇らえば彼女は大人しく引いていた。だが今日はやけにしつこい……クラウスは段々と苛立ちが募ってくる。
「カトリーヌ、流石に悪ふざけが過ぎるよ」
(こんな所を彼女に見られたら……いや別に問題がある訳じゃ……だが彼女は一応妻な訳で)
何度離れる様に言ってもカトリーヌは頑なに離れようとしない。ラウレンツも一緒に注意をしてくれるが効果はなかった。因みにアルベールは笑うだけで全く役には立たない。
(今日に限って一体何だと言うんだ……彼女に誤解されるだろう⁉︎)
ならば仕方がないとクラウスが席を立ち上がった時だったーー此方を見ているルーフィナと目が合った。
「ルーフィナ、これは、違っ……」
一瞬にしてその場が静まり返る。そして、クラウスの情けない声だけが中庭に響いた。
「あらまあ、もうこんな時間ですわぁ。そろそろお開きに致しましょうか、ねぇラウレンツ様?」
気不味い空気が流れる中、気を回したコレットが白々しくそう言った。ラウレンツも彼女に同調し「あーそうですね、それがいいですね」などとこれまた白々しく返す。そして微妙な空気のままお茶会はお開きとなってしまった。
「ルーフィナさま! 今日はありがとうございました」
帰り際、馬車に乗り込む直前レオンが小走りでルーフィナへと近寄って来ると満面の笑みで礼を述べお辞儀をする。彼女はそれに少し照れた様子で応えた。
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