二話

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二話

 今宵城で開かれる舞踏会の為に、数ヶ月前から準備をしてきた。これまでお茶会などには参加する事はあったが、同年代の男女のみで大人達はいなかった。これからは様々な年代の大人達に混じり交流をしていかなくてはならない。貴族として当然の事だ。不安はあるが、ベアトリス達もいてくれるので心強い。 「流石ルーフィナ様、何を着てもお似合いです!」 「ありがとう、マリー」  今日の為に新調した白銀を基調とし青の刺繍が施されたドレスに着替えると、侍女のマリーが手放しで褒めてくれた。ルーフィナより十歳上で使用人の中では最年少の彼女は何時も元気で明るく、ルーフィナにとっては姉の様な存在だ。  「ルーフィナ様が社交界デビューされるなんて、早いものですね」  使い終えた化粧道具などを片付けながら、侍女長のエマがしんみりと話す。 「ルーフィナ様と初めてお会いしたのが昨日の事の様でございます。ご立派になられまして、私は嬉しく思います」  薄らと目尻に涙を滲ませるエマに、他の使用人達は和かに笑った。  八年前、ルーフィナはある日突然両親を事故で亡くした。外交先に向かう途中、乗っていた馬車が崖から落ちたと聞いたが正直よく覚えていない。あの時は両親が亡くなったと聞かされ放心状態で、大人達が色々と話していたが全て雑音にしか聞こえなかった。ただ一つ理解出来た事は、ルーフィナの引き取り先で揉めていた事だ。ギラついた目でルーフィナを見る大人達は、皆一様に怖いくらい笑顔だった。  誰も両親が死んだ事を悲しんでくれないーーそれどころか喜んでいる様にさえ思え怖くて悲しかった。あの時は何故あんなにも大人達が挙ってルーフィナを引き取りたがっていたのか分からなかったが今なら理解出来る。  この国の現国王であるライムントは昔から実妹であるルーフィナの母セラレスティーヌを溺愛していた。それ故にルーフィナを引き取る事で、国王に恩を売れる、王族との繋がりができる、または援助金やルーフィナの受け取る両親の遺産などが狙いだったのだろう。最終的にこのヴァノ家へと嫁ぐ事になったがその経緯をルーフィナは知らない。だが幸いだったとは思っている。この八年の間、ただの一度も夫であるヴァノ侯爵は妻のルーフィナに会いに来た事はなかったが、逆に気兼ねなく過ごす事が出来た。それに使用人達は皆優しく働き者で良い人ばかりだ。屋敷にはペットのショコラもいるし、友人にも恵まれている。従兄もルーフィナを心配して様子を見に来てくれて、寂しい事など何もない。  また両親から受け継いだ遺産の権利はルーフィナにあるが、今はヴァノ侯爵が管理をしてくれているそうだ。彼に関して正直何も知らないが、以前ヴァノ家本邸で家令を務めていた執事のジルベールが心配はいらないと言っているのでその事に関しては信頼している。因みにジルベールは今はこのヴァノ家別邸で家令を務めてくれている。  城に到着したルーフィナは、広間へは行かず馬車を降りた場所で今宵のパートナーであるテオフィルを待っていた。彼からは屋敷まで迎えに行くと言われたが、流石にそこまでして貰うのは申し訳ないので断った。 『え、侯爵殿と参加しないのかい?』 『はい、当然です』  あの時テオフィル達から驚愕されたルーフィナだが、正直何故そこまで驚くのか理解出来なかった。確かに普通の夫婦ならば当然の様に伴侶を伴い参加するのだろう。だがその普通はルーフィナ達には当て嵌まらない。この八年間夫婦ではあったが、正直顔すら分からない間柄だ。ヴァノ侯爵の考えは分からないが、これまで無関心で放置していた妻が社交界に出るからといってまさか今更パートナーとして参加する筈がない。 『そうか……。ならルーフィナ、君のパートナーは僕に務めさせて貰えないかな』  テオフィルは少し考える素振りを見せた後そう提案をしてくれた。やはり彼は優しい。パートナーのいないルーフィナが恥をかかない様にと気を使ってくれたに違いない。普段女性達から人気のある彼なら引くて数多の筈で、わざわざ既婚者のルーフィナなど選ぶ必要はない。そう考えると申し訳なく思い少し悩むが、正直アテもないので今回は有り難く彼の申し出を受ける事にした。だがその数日後、ヴァノ家本邸から使いがやって来てヴァノ侯爵からパートナーの申し出を受けた。始めは困惑したルーフィナだが直ぐにピンときた。これが大人のいう社交辞令だとーー勉強になった。  ぼうっとしながらそんな事を思い出している中、続々と到着する舞踏会の参加者達に期待と不安が入り混じる。ルーフィナの目前を、男女が同じ馬車から降りて来ては腕を組んだり腰に手を回したりして過ぎ去って行く様子に、一人ポツンと立っている自分が恥ずかしく思えて心細くなってきた。 (早く、テオフィル様いらっしゃらないかな……)  そんな時だった。また一台の馬車が門へと入って来ると止まった。すると周囲は少し騒がしくなる。軽く人集りが出来るが、ルーフィナからはよく見えない。そんな時、誰かが「ヴァノ侯爵様よ」と言ったのが聞こえた。その瞬間、ルーフィナは咄嗟に柱の陰に隠れた。
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