四話

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四話

 舞踏会や夜会など義務的に参加しているだけで、クラウスにとっては退屈な時間でしかない。豪奢な食事や酒、演奏、華やかな女性等……どれも興味が湧かない。先程広間で合流したアルベールやラウレンツはそれなりに楽しめている様子で羨ましい限りだ。 「相変わらず、つまらなそうね」  赤ワインのグラスに口を付けながら、隣でクスクスと笑う彼女は今宵のパートナーであるカトリーヌ・ミシュレだ。蜂蜜色の波打つ長い髪を纏め上げ頸が露わになる様子は、女の色香を漂わせている。   「別に、普通だよ」 「貴方って昔から何をしていても冷めた目をしてたわよね」  元々同級生であり友人だったカトリーヌと互いに利害関係が一致して以来、社交界ではパートナーとして過ごして来た。ただ決して恋人などの男女の間柄ではない。一応クラウスは妻がいる身であり、彼女もまた訳ありでそんな事は望んでいない。 「疲れた、散々な目に遭った……」  嬉々として女性を取っ替え引っ替えしながらダンスをしていたアルベールだったが、酷く疲れた様子で戻って来た。よく見ると両頬が赤くなっている。片側だけなら大体想像はつくが、何故両方ともなのか……。 「アルベール、その顔はどうしたの?」 「ん? あーこれは何つーか……男の勲章みたいなもんだ」 「ただ単に普段のダラシない行いが招いた結果ですよ」  アルベールの後からゆったりと歩いて来たのは、先程まで妻とダンスをしていたラウレンツだ。 「夫人は一緒じゃないのかい」 「妻は友人等と込み入った話がある様でしたので、邪魔者の私は退散して来ました」  ラウレンツとその妻は社交界では有名なおしどり夫婦だ。どちらかと言うと夫であるラウレンツが妻を溺愛しており、かなり頻繁に惚気話を強制的に聞かされる。 「それで、さっきのはどういう意味?」 「要は本命だと思わせていた女性同士が鉢合わせしてしまい、最終的に彼が振られたという話です」 「成る程ね、それは自業自得だ」  アルベールは未だ未婚で婚約者すらいない。本人に結婚をする気がないのか将又出来ないのかは知らないが、もうそろそろ落ち着いてもいいのではないかと予々思っている。だが当の本人は二十八歳にもなっても未だに女遊びに勤しんでいる様だ。  アルベールはこれでも侯爵家の三男であるが、本人は努力するだけ無駄だと昔からよく言っていた。その言葉通り学院に通っていた頃も何をしても適当だった。例え侯爵家の生まれだとしても三男ともなると確かに立場は微妙だろう。詳しい事柄は知らないが、幼い頃から親からも見放されていると聞いている。それを思うと投げやりになるのも納得はいく。 「ふふ、折角の男前が台無しね」 「だろう? 俺はただ自分に正直に生きているだけなのに酷いよなー」  全く反省をしていないアルベールに呆れる。ラウレンツを見れば大きな溜息を吐き詰め寄っていた。昔から面倒見のいい彼は、放って置けないのだろう。 「貴方もそろそろ身を固めるべきだと思いますよ。妻を迎えればきっと少しはそのダラシない性格も変わる筈です」 「まあ確かに一理あるかもね。もしかしたらマシになる可能性も無きにしも非ずかな。アルベール、君見合い話の一つや二つくるんだろう?」  暇潰しにラウレンツの話に乗っかてみるが、アルベールはどこ吹く風だ。これは何を言った所で無理だと悟る。 「俺の事ばっか言ってるけど、そういうクラウスこそいい加減どうにかしろよ」 「何が?」 「今夜だってそうだ。妻がいる癖にパートナーはカトリーヌに頼んでるじゃんか。結婚してから八年、一度も妻に会いに行ってない癖に。俺からしたら、そっちの方が大問題だと思うぞ」 「っ……」  嫌味たらしく図星を突かれ言葉に詰まってしまった。 「一生飼い殺しにでもするつもりかよ。そんなに気に入らないなら、いっその事離縁して新しい妻でも娶ればいいじゃん」 「アルベール……貴方はまたそんな軽率な発言を」  別に気にいるいらないの話ではない。だが正直離縁を考えていないと言えば嘘になる。国王への手前、直ぐに離縁などすればヴァノ侯爵家の威信に関わる。だがあれから八年……今は彼女も十六歳を迎え立派な女性になった。もう十分役目は果たした筈だ。それにクラウスと彼女が白い結婚という事は周知の事実であり、以前から既婚であるにも関わらずふざけた話だが彼女の元には毎年多くの見合い話がきている。クラウスとの離縁が決まれば瞬く間に嫁ぎ先は決まる事だろう。 「離縁か……まあ、それもそうだね。そうしようかな」 「ねぇ、クラウス。もしそうなったら、私……」  カトリーヌが何かを言い掛けたその時だった。遠く離れた場所から甲高い声が広間中に響いた。 「エリアス様! 私、エリアス様とは婚約破棄致します‼︎」  声の主である女性の周りからその視線の先まで人込みが一気に散っていく。そしてその先にいたのは他ならぬたった今婚約破棄を宣言された張本人だった。 「あれって、王太子の婚約者だよな」 「随分と派手な婚約破棄ですね……」  賑やかだった広間は一変して談笑する声も、演奏も止まり水を打った様に静まり返った。広間中の視線が一点に集中している。 「毎回毎回毎回毎回、ルーフィナ様、ルーフィナ様、ルーフィナ様、ルーフィナ様って、エリアス様の婚約者はこの私ですのよ⁉︎」 「おい、クラウス、ルーフィナってもしかして……」 「まあ、一人しかいないだろうね」  この世に同じ名前の女性など探せば幾らでもいるだろうが、この国の王太子であるエリアスに関係のあるルーフィナなど十中八九彼女しかいない。何故ならエリアスと彼女は従兄妹同士の関係で随分と仲が良いと聞いている。 「リリアナ、本当に君は分からず屋だね。ルーフィナは可哀想な子なんだ、だから気にかけてあげるのは当然の事なんだよ。どうしてそれが分からないんだい」 (可哀想な子か……)  クラウスは思わず鼻を鳴らす。  エリアスとは同級生だったが、当時から彼とは馬が合わなかった。特に彼のああいった所が嫌いだ。
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