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五話
エリアスとリリアナの言い合いが続く中、彼女の怒りは収まらず手にしていた扇子を床に投げ付けた。そしてルーフィナを睨みつけてくる。今にも噛み付かれそうだ……。そのままリリアナが此方に足を一本踏み出すが、テオフィルが前へ出ると壁になってくれた。
「王太子殿下、申し訳ございませんがルーフィナの体調が優れないので私共は今宵はこれで失礼致します。……さぁルーフィナ、行こう」
エリアスは何か言いた気だがテオフィルは構う事なくルーフィナの手を引く。その時だった、ふと背後に出来ていた人混みが引いたのが分かった。不審に思い振り返ると、見知らぬ青年と目が合いルーフィナは思わず足を止めた。
色白のすらりとした身体に、翠色の瞳、金色の絹の様な美しい髪ーーまるで御伽噺に出てくる王子様みたいだと漠然と思った。
(どこかで、会った様な……)
「ルーフィナ」
「ぁ……」
立ち尽くすルーフィナの手をテオフィルが少し強く引いて促すので踵を返し広間を後にした。後ろからはベアトリスとリュカも付いて来た。
行きは別々だったが、帰りは問答無用でモンタニエ家の馬車に乗せさせられた。無論ベアトリス達も一緒に乗り込む。向かい側に無言で座るテオフィルに、何時もは穏やかで負の感情とは無縁の彼がどこか怒っている様に思えた。今日は少し様子のおかしいテオフィルに、ルーフィナは眉根を寄せる。
「ルーフィナ様、大丈夫ですか? あのリリアナ様って方、幾ら何でも扇子を投げつけるなんてあり得ません! 一歩間違えたらルーフィナ様に当たっていたかも知れないのに」
拳を握り締め憤慨するベアトリスにルーフィナは苦笑する。
「不本意だけと、今日ばかりはベアトリスに同感だね。それにルーフィナはエリアス殿下とは従兄妹な訳だし、仲が良いからって婚約破棄とかやり過ぎ。そもそもあんな場所でする話じゃないし」
「世の中には嫉妬深い女性もいるからね。でも、僕は王太子殿下にも非があると思うよ。どんな言い分があるにしても、婚約者を蔑ろにするのはやはり良くないよ」
呆れるリュカと冷静に分析するテオフィル、未だ納得いかない様子でベアトリスは頬を膨らませていた。理由はどうあれ自分の為に、怒ったり呆れたり考えたりしてくれる三人に、不謹慎だが嬉しく思ってしまった。それにしてもーー。
(可哀想な子か……。私、そんな風に思われていたんだ……)
『叔母上達がいなくても寂しくない様に私がいてあげるよ』
ふと両親の葬儀の日を思い出す。大人達が悲しむ振りをしている中、エリアスはそう言ってルーフィナの手を握ってくれたのを断片的に覚えている。
その言葉通り彼はルーフィナが嫁いでから今まで頻繁に屋敷を訪れルーフィナに会いに来た。優しくて何時も気にかけてくれて、そんなエリアスを本当の兄の様に慕ってきた。だが彼は、両親を亡くし一人になり、歳の離れた夫からは放置されているルーフィナを哀れみ施しを与えていたに過ぎなかったのかも知れない。今思えば、両親が生きていた頃は余り仲良くしていた記憶はない。そう考えるとやはりそういう事なのだろう。
「お帰りなさいませ」
屋敷に着くとエマやマリー、使用人の皆が笑顔で出迎えてくれた。予定よりもかなり早く帰って来たにも関わらず誰も何も聞いて来る事はない。気を使ってくれているのだろう。そんな優しさがとても心地が良い。
「ただいま戻りました」
ワフ! ワフッ‼︎
ルーフィナがそのまま自室へと行こうとすると、ドスドスと足音を立てながら真っ黒く大きな毛玉が走って来た。
「ふふ、ショコラもただいま。良い子にしてた?」
ワフッ‼︎
勢いよく飛び付かれ顔を舐め回される。
ショコラはルーフィナがこの屋敷に来て一ヶ月程経った頃に庭に迷い込んで来た。その時はまだ仔犬で小さかったのでルーフィナもよく抱っこしていたが、年々大きくなっていき遂にポニーに匹敵するまでに成長をした。その為小柄なルーフィナは今では抱っこされる側になっている。
「ではお休みなさいませ」
「お休みなさい」
湯浴みを済ませ、就寝の準備をしてベッドに入った。だが今夜は中々寝付く事が出来ない。
ワフ……ワフ……。
ベッドの横の大きなクッションの上で既に寝息を立てているショコラを見てクスリと笑うと、起こさない様にと静かに起き上がった。
窓辺の椅子に座って少しだけカーテンを開けると月明かりが射し込んでくる。
今日は長い一日だった。
折角の晴れ舞台だったが、台無しにした挙句テオフィル達に迷惑を掛けてしまった。別れ際に三人には謝罪したが「ルーフィナ様は悪ないです! 寧ろ被害者なんですから」そうベアトリスに言われ、他の二人も頷いてくれた。本当に良い友人達に恵まれたと感謝している。
「そういえば……誰だったんだろう」
広間を出る直前に目が合った青年……会った事がない筈なのに、何処かで見た事がある気がした、不思議だ……。
まあそんな事はどうでもいい。それより三人にはお詫びを兼ねて今度お茶に招待をしたい。
ルーフィナは眠くなるまで、お茶会にどんなお茶やお菓子を出そうかと思案した。
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